△ 2021-03-29 01:55:20 |
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(食事とは単なるエネルギー補給の手段でしかなかった。身体を問題なく動かすために決められた栄養素を規定値通りに体に取り込むだけの行為。それは小さな薬品のような形をしているときもあればゼリー飲料のときもあり、検索に夢中になっている時は腕に管が通されてそこから必要な栄養素が直接注ぎ込まれていた。それに対して何の感想や感情を抱くことなくあの建物の中に居た。それが大きく変わったのはあの夜からだ。机に並べられたのはパッケージに包まれた正体不明の何かで袋ごと無理やり押し付けられた。これが何かと問えばサンドイッチと返ってきて、見知らぬ単語にまた情報の海に入ろうとしたところを騒がしい声で遮られた。どうやら食べ物であることは分かったがじっと手元のサンドイッチを見ていればまた男が眉を寄せる。何故男がサンドイッチを自分に渡したのかと問えば眉間の皺が更に深くなって無理やり奪われて包装を剥がしてから再び手に握らされる。初めて触るそれは柔らかな感覚がして嗅いだことのないような匂いがする。男ももう一つのサンドイッチを手に取って包装を剥がすとそのまま食らいついた。咀嚼してから飲み込んで体内に取り組む、その一連の流れを見て漸くこれが食事だと気づく。見様見真似で手元のサンドイッチの先端にかじりつくと幾つもの感覚が舌から伝達される。柔らかな感触、シャキッとしたみずみずしい感触、何やら半液体状のものが塗られていて挟まっている何かはさっぱりしたような味と濃いめの味とまた違う味が同時に押し寄せた。その情報の処理が追い付かず暫し固まっていると男から名前を呼ばれる。顔を上げれば穏やかな顔で笑っている男がいて味について聞かれた。正直分からないことばかりであるがその顔を見ると無意識に頷いていた。たぶんこれは嫌ではないから。もう一口噛り付く。形容する言葉は分からないが何かが満たされたような気がする。それがきっと始まりだった。)
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