吸血鬼 2021-03-16 10:45:12 |
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…こうして生きていると、いつの間にか優しさは指の隙間から溢れ落ちて行くよね。
(優しい、という言葉は確かに吸血鬼を憎み、狩り、ハンターとして命を懸けて夜を生きる者にはそぐわないものだろう。それでも自分の髪に触れた彼の手には確かに優しさが残っているように思えた、彼の持つ昔ながらの優しさが。しかし相手の言葉を否定することはせずにグラスを揺らして。指で弄っていた煙草に漸くライターで火を点けて何度目かも分からない煙を吐き出すと、徐に呟いた。彼にとっては“ハンターとして”、自分にとっては“吸血鬼”として、という意味で告げた言葉。夜の闇の中に紛れて命を懸けた攻防を繰り返しているうちに、優しさなどいつの間にか喪われて行く。そういう意味では、優しい手を捨てた、という彼の言葉も分かる気がした。尤も吸血鬼は、元から微塵の優しさも持ち合わせてはいなかったが。甘いカクテルの水面を眺める彼の瞳はやはり僅かな優しさを讃えているように見えて、それから視線を逸らすと空になったグラスの氷が音を立てて。昨日出会ったばかりの男に絆されるつもりも無いが、今日明日のうちには獲物を見つけたい所で今晩中に狩りを行うのなら良い時間。カクテルを頼んで狩りを明日に回すか、このタイミングで店を出るか、煙草の煙を燻らせながら暫し考えを巡らせて。)
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