夜が明けるその前に　（〆.）

あぁ、分かった。じゃあな。

(明るい様子の友人と分かれるとゆっくりと暗い夜道を歩きながら帰宅する。頭の中には女性とクラウスが抱き合っている姿がずっと浮かんでいて嫌になりそうだ。しばらく歩いて自宅に着くとコートを脱ぎシャワーを浴びる。シャワーが終わるとはぁ･･･とため息を零しながら十分に髪も乾かさないまま、肩にタオルを引っ掛けリビングのソファーに座った。時計を見れば友人と別れてからかなりの時間が経とうとしている。もうすぐ帰ってくるだろうな、と頭の片隅で思うもこのままでは相手に変な態度をとってしまいそうで気が重く、でも先に寝る気も起きず呆然と座っていると家のドアが空いた音がした。)

──ただいま、

（暗い帰り道を一人で歩いていると、先程の光景が思い出されてまた少しモヤモヤとした感情が湧き上がってきてしまう。同僚と二人で店を訪れた相手、自分に語り掛ける時にしか見せないと思っていた柔らかい表情を彼にも見せていたし、デートに誘われていたのも聞いた。それほど親しい友人がハンターの中に居るとは思わなかった、もしかしたらいつか、吸血鬼の自分は捨てられてしまうかもしれない、なんて、思考は沼にハマるようにどんどん悪い方へと引きずり込まれていて。あまり気にしなくて良いと先輩にも宥めてもらったばかりなのにと僅かな自己嫌悪に陥りながらも家の扉を開けて、リビングに向かうと既にシャワーを浴び終えた様子の相手に声をかけて。）

･･･おかえり。

(口に出した返事は思いのほか冷たい声色になってしまい内心で自分に舌打ちする。これでは何かあったのかと感づれてしまうし、心配もかけてしまうだろう。相手が帰ってくる前にさっさと寝てればよかったのだと思い直せば立ち上がってベッドへ足を向けて。このまま相手と会話をしてしまえば先程の嫉妬や不安をぶつけてしまいそうで申し訳なく、さっさと寝て忘れてしまいたかった。)

…何かあった？お店ではあんなに楽しそうだったのに、

（相手の返事はいつもに比べて冷たくトーンも暗いもので、何かあったのだろうかと相手に視線を向ける。しかし相手は何を言うわけでもなくベッドへと向かってしまい、あまり機嫌が良くなさそうだと察すると着ていたコートをハンガーに掛けてキッチンへと向かい、相手に尋ねて。店で同僚と2人で食事をしていた時はあんなに楽しげだったのに、と理不尽な嫉妬心から、グラスにワインを注ぎながら続けた言葉は棘のあるものになってしまい。）

楽しそう？へぇ、あんなもん見せられてご機嫌でいられるとでも思ったのか？

(寝てしまおうと思ったのに足を止めさせたのは棘のある楽しそうだったのに、という言葉。確かに友人と食事をするのも、相手のことを話すのも、相手が仕事をしているところを見れたのは楽しかったが、途中で視界に入ってしまった女性との姿を見てそんな気持ちはどこかにいってしまっていた。そんなに仕事場に来られるのが嫌だったのかと湧き出る怒りを抑えながらも僅かに苛立ちを滲ませて言い放ち)

随分な言い方だね、君が不機嫌なのは分かったけど僕に当たられても困るよ。…あんなものって、何の話？

（苛立ちの滲んだ相手の返答に眉を寄せる。機嫌が悪い事は言葉や態度の一つをとってもひしひしと伝わって来るが、それを自分にぶつけられても困る。彼にはあれほど柔らかな微笑みを見せていたくせに自分には怒りの滲んだ表情を向けるばかり、その事もまた胸の内の黒い感情を膨れ上がらせた。あんなもの、と言われても相手が何のことを指して言っているのかが分からず、何の事かと聞き返しながらソファーに腰を下ろしやるせない感情を飲み込むようにグラスを煽って。）

ハッ、あんなところで同僚さんと抱き合ってて誰にも見られてないと思ってたのか？随分気が抜けてるな。

(やはり気づいていなかったのか、と悲しみと怒りを隠すこともせずベッドに向けていた体を相手に向けて嘲るように笑えば、気が抜けているなと貶してしまう。本当はこんなこと言いたくないのに口から勝手に言葉が出ていってしまい、自分自身を傷つけているようだった。本当なら真偽を確かめてから何故と問いかければいいのに、そして彼女を選ぶのなら祝福して潔く身を引けばいいのに、それが出来ずただ駄々を捏ねるかのようにぶつけてしまっていて。また相手の不機嫌な空気も自分を逆撫でしているようで突き放すかのように言ってしまい)

それにお前の方こそなんでイラついてんのか知らないけど、俺にぶつけてないでその同僚さんに慰めて貰えばいいじゃないか。

抱き合ってたって……仕事中にそんな事する訳がないだろう、虫の何所が悪いからって言いがかりはやめてくれ。

（同僚と抱き合っていた、という思いがけない相手の言葉に何のことを言っているのかと一瞬言葉に詰まり。仕事中に躓いた彼女を支えた事が相手の目に抱き合っていたように映っていた事など知るよしもなく、あの時かもしれないと冷静に思い返す事もせず何を言っているのかと眉を顰めると、身に覚えは無いと言い返して。相手こそ同僚と楽しそうにしていただろうと言いながら、彼に向けた柔らかな笑顔を思い出して嘲笑するように指摘して。少し立ち止まっていつものように相手の話を聞いていればすぐに正せる些細な勘違いのはずなのに、昂る感情のままに言葉を発するせいで食い違いが大きくなっている事には気付かずに。）

テオの方こそ、あんなに親しい間柄のハンターが居たなんて知らなかったよ。随分楽しそうだったね、自分では気付かなかっただろうけど顔が緩んでたよ。

そりゃあそうだろうな、久しぶりにあった友人との食事だ。仕事終わりだったし顔も緩んでるだろ。それぐらいのことで怒ってるのか？

(言いがかりだ、なんて言ってしらを切る相手に余計に悲しくなる。素直にそうだと言ってくれれば諦めつくはずなのに。拳を握りそう耐えていれば相手の方こそ嘲笑うように友人との会話を指摘する。親しい間柄だなんて同じ職場の同僚で友人だし、顔も緩んでいるとは仕事も終わり友人との食事なのだから気も抜けるだろう。そんなことで怒っているのか、と返しながらため息を零して。)

それくらいの事なんかじゃない。…あんな幸せそうな顔、僕しか知らない筈だったのに。

（呆れたような表情を浮かべ“そのくらいの事”として片付けようとする相手にムッとして言い返し。ただ楽しくて、気が抜けて緩んだ顔ではなかったのだ、自分しか見たことが無いはずの優しい幸せそうな顔だった。それを他の友人に見せていた事が嫌だったのだと言いながらも、言葉を連ねるうちに自分が酷く独占的で心が狭いような気がしてきて自己嫌悪に陥る。やましい事があるから自分にも言いがかりをつけているんじゃないのか、と口にしてしまいそうで、グラスに注いだワインを飲み干して立ち上がりながら、これ以上話を続けても一方的に自己中心的な不満をぶつけて相手を傷つけることしか出来ないと思い話を打ち切ろうと。）

……シャワー浴びて来る。おやすみ。

･･･は？ちょ、待てって、

(自分が投げかけた言葉にムッとなって返された言葉は驚きの内容で思わずぽかん、と口を開けてしまう。思いもよらぬタイミングで告げられた独占欲に自分の中の嫉妬心が消え、逆にどういうことだろうと疑問が浮かんだ。その一瞬、間が空いてしまったすきに相手は話を打ち切ろうと踵を翻し浴室へ姿を消そうとしたため慌てて近寄りその手首を掴んで足を止めさせる。ここで話を終わらせてしまえばこの後2人で話をすることはできない気がして、また何かお互いの中で勘違いをしている気がして、純粋に相手に疑問をぶつけて)

俺、幸せそうな顔なんて晒した覚えないんだが･･･？

…してたよ、幸せそうに笑ってた。デートに誘われたのが嬉しかった？

（相手に腕を取られ足を止めると、少しの間を空けて答える。相手は自分に歩み寄ろうとしてくれているのに、自分は拗ねた子どものように意地になってなかなか冷静に気持ちを伝えることが出来ずにいて、その顔を見た少し前の会話を引き合いに出して。嫉妬深さに愛想を尽かされてしまうかもしれないと相手と目を合わせる事が出来ず、相手に掴まれた手首に視線を落としたままで。）

デート･･･？あぁ、あいつに誘われたやつか。あれは断ってるよ。俺はフリーじゃないから違うやつ誘えって。

(返答に出された"デート"のことにそんな誘いを受けたかと頭を捻るが友人との会話を思い出してみる。すると確かにダブルデートの相手に誘われていたことを思い出し、その誘いに対する返答と共にその前後の会話の内容も相手に伝えて。ダブルデートの相手にと誘われたことに嫉妬しているのかも内心不思議に思っていて)

あいつの恋人の友人にフリーの子がいて、誰か紹介してやってダブルデートがしてみたかったんだと。多分格好つけていちゃつきたかったんじゃないのか？･･･そのあともなんかに誘われることは無かったはずだけど。

…デートに誘われていた後だったから、その事で盛り上がってるのかと思ってた。…ごめん、

（相手の言葉に思わず顔をあげるとようやく相手と視線を重ねて。配膳のタイミングでデートの話を持ち掛けられている所までは聞いていたが、その後のやり取りは聞いていない。相手は恋人がいると言った上で断ってくれていたのだと知り、拗ねて意固地になっていた気持ちがほどけていくのを感じた。勝手に勘違いをして突っ走ってしまったことに謝罪の言葉を口にして。それでも遠くから眺めた相手は楽しそうに、それも幸せそうに何かを同僚に話している様子だった。自分に好きだと伝えてくれる時に見せる柔らかな表情を浮かべて。相手が楽しそうにしているのは寧ろ嬉しい事だと言いながら、ぽつりと呟いて。）

テオが楽しそうにしているのが嫌な訳じゃない、…君をあんな風に笑わせた彼が羨ましくて、

いや、いいよ。確かにそんな話聞いたあとなら勘違いしてもおかしくないし。

(やっと視線が交わって安心する。お互い顔を見合わせもせず喧嘩になってしまったのだから仕方がないのだが、家に帰ってくるとを合わせて話をするのかいつもであったから。勘違いを謝罪する相手に緩く首を振り構わないと告げると、相手は本音をぽつりと零した。あんな風に、つまり幸せそうな顔をさせたのが羨ましいと聞けばその後盛り上がった話の内容を思い出しては思わず軽く吹き出してしまう。相手に怒られるとは分かっていてもどうしても耐えきれなくなって)

ふっ･･･くく、なるほどな、なら納得いくわ。ダブルデートの後の会話だろ？あの後はお互いの恋人の惚気話してたんだよ。

…テオ、僕は本気で──

（相手が自分の一方的な勘違いを咎める事もなく謝罪を受け入れてくれた事に安堵しつつ、急に笑い出す相手に目を丸くして。彼を羨ましいと言ったのは可笑しかっただろうか、でも本当に嫉妬したのだと不服そうな表情で笑い事じゃないと言い返そうとして。しかし続いた相手の言葉は思いがけないもので、思わず何度か瞬きをして相手を見つめる。惚気話をしていた、と言うのならあの幸せそうな表情をしていた時に相手が話していたのは自分の事だったという事になる。彼が相手を笑わせたものとばかり思っていたが、自分の事を想い彼に伝えるためにあんなに柔らかい表情を見せていたのだと思うと見え方は一気に変わってくる。笑っている相手を見つめながら、思わず確認するように尋ねて。）

僕の事を、話していたって事？

だからそうだって。俺にはお前の他に恋人はいないぞ。

(惚気話をしていたことを伝えれば相手のしかめっ面はキョトンとした顔になり、その変化に余計に申し訳ないと思いつつ笑い続けてしまい。手首を掴まれているのも痛いだろうと手を離せばこちらを見つめているのが分かり、このままだと怒られるかもしれないと深呼吸をして笑いを止めて。自分のことを話していたのかと確認されれば頷き、自分には相手しかいないのだと素直に伝えて)

（笑っていた相手が紡いだ言葉と優しい瞳にようやく自分の中で全てが合致し、同時に自分が空回って不安になっていただけだったのだと理解して思わず相手に抱きつき首の後ろに腕を回して。あの優しい幸せそうな微笑みは、同僚が引き出したものではなかった。相手はずっと変わらず、自分にだけあの表情を見せてくれていたのだと、心から安堵するのと同時に相手に愛おしさが募り。自分の中に渦巻いていた暗い感情を相手に吐き出し、酷い態度を取ったことを謝罪して。）

…ごめん、テオ。すごく嫉妬した…テオが取られてしまうと思って、

いいよ、気にしてない。むしろ嫉妬してくれたんだなってちょっと嬉しかった。

(どうやら安心してくれたようで抱きついてきた相手を受け止め腰に手を回す。顔を下に向け見上げてくる相手に大丈夫だと言うと、額を合わせて嫉妬してくれたことが嬉しいのだと伝える。あまり自分ではどんな顔をしているのか分からなかったが、相手の好きな笑顔が無意識に出ていたということは相手のことを思うだけでそんな風になってしまっていたことにも繋がり、少し恥ずかしい気もしたが相手の存在が自分の中で大きくなっていることを自覚した。取られてしまう、だなんて可愛らしい我儘に頬が緩まるのが分かり自分には相手だけだと改めて伝え)

俺にはお前だけだよ、クラウス。

（お前だけ、という相手の言葉を聞いて心が満たされていくのと同時に、ずっとモヤモヤしていた気持ちが相手の言葉ひとつですっと溶けるように消えるのを感じて。甘えるように相手の肩口に顔を埋めたものの、ふと相手が怒っていた理由を思い出して相手に尋ねてみる。ひとつの誤解が解けて今なら相手ときちんと話せる気がして、相手を見つめたまま首を傾げて。）

テオ、君はどうして怒っていたの？抱き合ってた、って言ってたけど…それは本当に身に覚えがない。