名無しさん 2021-01-12 19:16:08 |
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数枚の服と、毛先がぼさぼさの歯ブラシ、何枚かページの抜けた一冊の絵本、子供用のはさみ、小学生の時に家庭科の授業で作ったナップサック。それだけが菫に残ったものだった。随分と中身の軽いナップサックを肩に掛け、皺だらけのセーラー服で真夜中の車に乗った。行き先は知らない。ただ、もう二度とこの家に帰ってくることはない。そう直感すると、固く結んでいた唇の力がふっと抜けるのが分かった。
車内では一度の会話もなく、車の走行音だけが聞こえていた。後部座席でうとうとしていると助手席のおばさんに怒られた。「ごめんなさい」。口はその言葉に慣れたように動く。再び、車内は静かになった。
*
目的地に着いたのは朝だった。言われるがまま車を降り、足早に先を歩くおばさんに付いていく。少し歩いて一軒のアパートに辿り着くと、おばさんはとある一室のインターホンを躊躇なく押した。
「あんたの家は今日からここ。学校もいかない、働きもしない、家事もろくにできない。うちだっていつまでもタダ飯食いの面倒見てられるほどの余裕ないからね。それで、ここまで面倒見てやったっていうのにお世話になりましたの一言もないんか。全くどこまで厚かましいんだか!」
おばさんは辺り一帯に響くような大声で喚くと、もう二、三度インターホンを押した。菫は何も言わない。ただ俯いて、かさついた唇の上下をこすり合わせている。
(/来週の予定でしたが、少し隙間時間があったので初回投稿させていただきます。今まで小説ロルしか書いたことがなくこのようなロルになりましたが、読みにくい・返し辛いなどございましたら仰ってください……!)
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