とある悲恋好き 2020-11-26 23:20:11 |
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…………!
(乾いて草臥れた紙面に踊る文字に拠って其の世界に引き込まれる様に夢中で物語を追っていた。砥粉色に変色した表紙に、葡萄の絵と共に滲む著者の名は夏目漱石。自分にも聞き馴染みのある作家名故に、若しかすると此の作品も有名なのかも知れないが、生憎と情報源には乏しく先の展開を知る術は只管読み進める以外に持っておらず。内容として、既読の分では周囲の理解と愛に包まれ何不自由の無い日々を過ごす男の話だ。描写は淡々としており静かな印象を受ける程だが、劇中で高等遊民とも称されている男の暮らし振りと穏やかな日常は其れだけで今の自分には眩しささえ覚えるもので。食事の場面では無意識の内に自身も喉を鳴らし、人々と他愛の無い会話に講じる処では一抹の羨望から瞳を寂寥に歪めてしまい。其の中で段々と不穏な気配も感じ取れる様になっていき、遷移していく物語の続きのみに意識を向け頁を捲っていれば、突然、何者かに声を掛けられ。……静閑な夜道、流石に聞き逃さない。
現実に連れ戻される様に即座に顔を上げれば、其処に声の主の輪郭を捉えて。同時に背景に星の光を認めると、重々しく立ち込めていた雲が何時の間にか綺麗に退いていることにも気付き。現在の天穹には有明の月が嗤っている。其の月灯りのお陰で相手の顔も自分の目にはよく見えた。……女性、其れも一瞬外国人に思えたが、どうやら日本人だろうか。低い視線の所為か或いは忌々しい異形の本能か、つい美しい首筋に瞳が囚われ。……急速に喉に渇きを覚えては、喰らい付きたい衝動が瞬時に沸き上がるも、咄嗟に立ち上がって其の場を離れようとするよりも先に相手が膝を折り、此方に視線を合わせてくれて。現実の自分は相も変わらずコンクリートブロックに座したまま身動ぎすることも出来ずにいたのだが、刹那であれ確かに抱いた悍ましい感情への後ろめたさから、顔を覗き込まれれば、決まり悪そうに身を引かせてしまい。真摯に紡いでくれたのであろう相手の言葉も真っ直ぐ受け取ることはできず、つまらなさそうに横を向くと、相手の態度と自身の感情、両方への動揺から語調こそ荒くとも僅かに震えた頼りなさげな声音で目も合わせぬまま)
……なんだよ、あんた、突然。此処が俺の家なんだ。放っておいてくれ。
(/気に入って頂けたようなら何よりです。背後様のロルも情景が浮かびますし、叙情描写も見事ながら読みやすくて分かりやすく、私は好きですよ。ご確認頂いた事項については気にならないので今後とも構いませんし、それを差し置いてもこちらの嗜好として"再投稿"を求めることは中々ないと思います。逆にこちらへの要望としてなら考えますのでお伝えください。本編は絡みにくかったらすみません。ちなみに拙息が手にしているのは、昭和23年に刊行された新潮文庫の『それから』という本です←)
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