名無しさん 2020-10-21 17:10:45 |
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胸の赤が私の情熱で、私がさっきの小鳥なら、君はあのトチノキだな。羽を休めるための止まり木で、最後には必ず戻る場所。──あー…本当に、狡いぞ君。その顔は反則だ。
( 記憶の彼方に埋もれた故郷にかわって、彼の傍らが帰るべき場所となれば。浮つく願いの込もった言葉を口にした直後、意味を成さない呻き声と共に額を押さえ。レトリックを巧みに駆使して的確に対象を表現するような、夢溢れる詩人の才能は持ち合わせていない。技術者を自負する以上当然といえば当然だが、花の綻ぶが如き彼の笑みをそれらしく喩える術を知らない語彙を呪う。非難されるべきは自身の技量と心の余裕であるにも関わらず、責任の所在を相手に押し付けて嘆息。これ以上の言葉は要るまい、そも笑顔に溶かされた脳味噌でこれ以上語れることがあるだろうか。周囲にざっと視線を走らせて余人の目が無いことを確認すれば、恋人を力一杯抱き締めようと )
こんな事しか?こんな事まで、の間違いだろ。満ち足りた愛情で窒息しそうだ、悪くないどころか本望だけどな。……なあ、キスしていいか?いま、君が可愛く見えて仕方ない。
( 頬を擦り寄せる様子は恰も小動物に似て愛らしい、ある程度体格に恵まれた彼相手にそう感じることにも疑問を覚えなくなった。愛されていることを遅まきながら実感し、胸の奥がじわりと熱くなる。嵌められた手袋のサイズが若干大きく感じるのは恐らく気の所為ではないだろう。己は凡そ手先のみを用いる作業を、恋人は力仕事を専門としている為か。その些細な差異さえ愛おしく、無意味に握って開いてを繰り返し。ほんのりと廊下全体に落ちていた橙色の光は徐々に弱まり、代わって薄闇が辺りを覆い始めた。ほんの僅かな時間にせよ、荘園じゅうの灯りが点るまでの猶予はある筈。漸く触覚を取り戻し始めた両の手で、彼の頬を優しく包み込み。もし恋人がよく利く夜目を持っていたのなら、視線の逃げ場を奪った状態で注ぐこの眼差しは相当熱っぽく映ることだろう。口づけに態々許可を求めるのは一周回って意地が悪いかも知れないが、度を越した律義さをどうか笑っていただきたい )
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