奏歌 翔音 2020-08-14 23:38:38 ID:5762b1903 |
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>16993 >桜さん
「ありがとうございます。」
____近衛の時代、花簪を渡すのには意味がある。基本的には、父母子や婚約者、雇い主等に「宿木」として渡すのだ。それは戦地に赴く兵がよく行う行為であり、伝えられぬ感謝や思いを乗せて、手渡す。受け取る者の殆どは戦地に赴き殆どが命を其処で散らす現実に涙を濡らし、「行ってらっしゃいませ。」「お国のために為に行ってまいります。」……そう言うものだ。
近衛は、桜さんに今日多くを救われた。金のない自分の代わりに代金を支払い、雇い、服まで与えてくれた。記憶のない自分にとってこれ程ありがたいことは無い。
だから花簪を受け取った事に感謝した。自分が記憶を失っていた、意識を失っていた間にお国の人は随分と変わったようで桜さんが何気なく受け取ったことに関しても何も言わなかった。お国はそう、人はそう変わったのだと。
思わぬ豪邸に近衛は少々興奮していた。自分が気を失っている間に自分の命を懸けて戦ったこの国は大きく、そして人が溢れる事になったのだと。
同時に不安もあった。貧富の差は生まれるものだが、苦しむものはいないかと。桜さんと、傍にいる護衛さん達と歩む道はどれもが新しく、近衛にとっては大きな希望だ。嬉しい事だった。
屋敷の前で近衛は足を止める。
「桜さん、此処迄ありがとうございます。ですが、自分はそろそろ赴かねばなりません。」
其処で近衛は初めて軍帽を外し、深く、頭を下げた。恐らく、日雇いの仕事があると話していたのでそれだろうと勘のいい桜さんなら気付くかもしれない。
「帰ることが出来たら、このご恩はまた、お返し致します。」
はっきり見えた近衛の顔は、強く、儚かった。
後ろに立つ「死」は、よく見れば近衛が今着ている軍服にもよく似ており、骸骨に表情はないが付かず離れず傍に立ち、「死」を認識できているであろう桜さんを穴の空いた空虚な部分で見つめていた。
〆
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