奏歌 翔音 2020-08-14 23:38:38 ID:5762b1903 |
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>16991 >桜さん
「桜さんでありますね。近衛田、尽力させて頂きます。
っと、そうなのでありますか?確かに、見覚えのない西洋の服装が多いとは思っているであります……。服……自分はこの軍服しか着た事が記憶しかありません。恥ずかしながら、自分は意識を失った間に記憶も失ってしまったようで。此処が何処かも分からず。衛生所(今で言う病院)は見つけたのですがホケンショー?というものも無く、自分が近衛田であると言うことも証明できないのであります。幸い、仕事は日雇いがありますゆえそれで過ごしておりましたが……この服で問題があるのでしたら、桜さんが選んで欲しいであります。勿論この御恩も、金銭もお返し致します。」
幸い、近いうちに仕事があるのであります。と言う男は困った様に笑う。その口からは「困惑」と「諦め」。しかし確固たる意思と柔軟な適応性がどことなく滲み出ている。茶屋にいたのも、他の場所は何がなんなのか分からず困り、見覚えのある場所のみを頼りに動いていたらしく、連れてこられた服屋を見ても「おぉ、西洋建築とは凄いものでありますな。」と、呑気に感嘆の声を上げていた。
桜さんに問いかけられると顎に手を当てよく考える。程なくして帽子の鍔を持てば桜さんにこう答えた。
「洋装と和装でありますね。えっと……羽織……と、角袖外套でありましょうか?この軍服以外で思いつくのは。後は着流しであります。嗚呼、でもこの首巻きだけは、そのままつけさせて頂きたいであります。」
自分のマフラーに手を添え、微笑む。桜さんに対して強い欲も向けず、悪意も向けず。純粋に、名家のお嬢様ということを除けば普通に接してくる近衛は変な人間だろう。近衛は桜さんに対して「商人か何かの名家のお嬢様だろうか。少しばかり口調は強いが、それも桜さんらしさなのだろう。」と至って気楽に受け入れていた。
「桜さんは、自分の恩人でありますね。自分はあまりその装いの名前を知りませんが、似合っていると思うであります。……あ、そういえば。」
そういえば近衛は軍服の幾多のポケットを漁る。チリン、と鈴の音がすると軍服のポケットからは緋色の鱗模様の紐先に黄金の小さな鈴が付き、薄桃色の桜を模した飾の花簪を取り出す。金色の棒も輝いており、今での簪で言うのであれば高価なものでは無いが、造り、彼の口から出る歴史的にも、文化遺産程度の物になるだろう。
近衛はその花簪を見れば桜さんに両手で差し出す。
「自分が気が付いた時に、持っていた物のひとつであります。標識(今で言うタグ)もない故、価値があるわけではありません。ですが、桜さんに似合うと思ったのです。自分を拾ってくださった御礼にもなりませんが、どうぞ。きっと似合うであります。」
「死」は既にその姿を消していた。花簪は歴史の重みはあるが本当に繊細で、何処か強くも儚い。
桜さんがどう思うかなど近衛は知らない。断られればそのまま引くだろう。ただ、それを差し出す近衛の表情は、もしかしたら桜さんのお眼鏡に叶う程度の表情だっただろう。それがどのような顔だったのかは、桜さんと近衛にしかきっと分からない。
ただ、近衛は。少なくともこの男は桜さんに薄汚さの欠けらも無い純粋な感謝を持ち合わせていた。
2つの鈴の片方は、ほんの少し、凹んでいた。
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