奏歌 翔音 2020-08-14 23:38:38 ID:5762b1903 |
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>ナツさん、キタアジト
外導「んじゃあ、戻るとするっすかね。」
外導は菓子をいくつか見繕って手に持ち、先程のモブ達がいるリビングまで戻った。モブ達は……スマホのtcgゲームで対戦して暇つぶししてたようだ。
モブ達「あ、外導さん戻りましたか。」「なんか長かったっすね。」「…もしかしてナツさんと何か話してたんすかね?」「まさか……2人で悪巧み??ありそー…」
外導「まぁ、そこんところはご想像におまかせっす。ほら野郎どもー、新しいお菓子っすよー。」
と、外導が菓子を放り投げると「ひゃっはー!新鮮な菓子だー!」「主神のめぐみだ…!」「ありがてえ!」とネタも混じえて騒ぎながら受け取る。さっきまでのちょっと真面目だった様子は、今の外導からは感じられない……切り替えが上手いのだろう。
>銀河さん、教会跡地付近の雪原
IX「……寒くはある。ただ、「辛く」はない。……ああ、全然苦にならない……何かを失うことと、比べれば。…かみさまは、俺にその道を勧めたいのか?かみさまなりに……俺を助けようとしてるのか?」
IXの言うことは、いまいち理解に苦しむ結論だ。ただ、言わんとすることは分かるかもしれない。
イタクァとIXは、「性質が似てる」、あるいは「相性がいい」という何かしらの共通点があるのだろう。それがIXの言う「かみさまの器足りうる」であり、イタクァを目視できる理由だろう。
そしてイタクァの方は……おそらくIXのことを「同胞、あるいはそれに近しい存在」と思ってるのだろう。在り方が違うだけで、似てはいる。そんな認識なのだろう。だからか、イタクァはIXに「歩くこと」を推奨する。それが意味するところは……「すべての役目、役割を捨てて、自分と同じ道を踏まないか?」という事なのだろう。それがIXにとって意味することは……「自らに課せられた意味からの解放」と、「人や道具としての道からの決別」。
もしIXがイタクァの示す道に乗れば……きっと彼の悩みは無くなるのだろう。文字通り、それを「捨てる」ことになるから。そして…彼は人でも道具でもない、このイタクァと同じ生き方をするのだろう。宛もなく歩き、終わりのない旅をするだけの存在に。そこに苦楽があるかどうかは不明だが……その道も一概には、悪いものでは無いのかもしれない。
IXは今、分岐点に立たされているのだろう。道具であるための生き方を貫こうとして、それは銀河さんに阻まれた。そして今、かみさまの意図を知ったIXには、いくつか選択肢がある。
「教会の亡者達の意志を継いで道具として生きる」のか、「かみさまの提案に乗って人ならざるものとして生きる」のか……「具体案もない、人として生きる道を模索する」のか。IXは分岐点に、立たされている。
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