酒井 2020-07-23 16:24:32 |
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何故って、お前が俺のこと大好きだからだろ。抱きしめたいならそうすりゃいい。お前が相手ならいつだって、喜んで抱き返してやるよ。
ははっ、そんなのガキの頃でも言われた事ねぇな。…なあ、どうせなら添い寝でもしてくれよ。そうすりゃ確実にいい夢見られるぜ。
おう、そのつもりで言った。やっぱ照れてるお前もいいな、…かわいい。
(頑なに拒む言葉を発しておきながら、彼の唇はぎこちなく弧を描く。こちらを気遣っているのが丸わかりの不器用な笑みを向けられ、牙を抜かれたような錯覚を起こした。なんだか気の抜けた声が出てしまいそうで、悪態のひとつでもついてやろうと開きかけた口を噤む。極力他人を巻き込まないという彼の決定は今更何を言ったところで覆らないのだろう。張り合うだけ時間の無駄だと諦念の溜め息を零しては、ゆるく首を横に振って。「我を通すって時に変に遠慮してんじゃねぇよ。そこは堂々としてろ。」呆れ半分に言った声にも意図せず甘さが滲んでしまい、不満げに奥歯を噛み締めた。こちらが折れるのはいいとして、まんまと毒気を抜かれた事がなんとなく気に入らない。薄暗闇の中でも鈍く光を反射する艶やかな髪に手を伸ばせば、小さな子供にするようにくしゃくしゃと撫でて。芝居がかった仕草でふんと鼻を鳴らし「今回は俺が折れてやる。」なんて恩着せがましく言い残すとその場を離れ。)
(この件には手を出さないと決めたはいいが、このままフローリングにシミを作るのは御免だ。そう思って彼の元を離れたのがおそらく数分前。諸々の道具が置いてある部屋に死体を運び込み、黙々と後片付けをしていると、どこからともなく疑問が湧いてくる。自分が彼に対して抱いている気持ちは一体なんなのか。相手には興味を引かれているのだと伝えたが、実のところ、それだけでは今の自分の心の内を半分も表現できていないように思う。この胸の奥がチリチリと焦げるような感覚は、一目見た時から彼を求めてやまない衝動は、なんと言い表すのだろう。それさえわかれば、全てを彼に伝える事ができるのに。「…くそ、はっきりしねぇな。」どうせ今すぐに答えは出ないのだから、これ以上考えたって仕方ない。結局はそんな結論に落ち着いて、曲げっぱなしにしていた腰を伸ばすと余計な思考は脳から締め出した。どれだけ時間が経ったのか曖昧なまま、やけに綺麗になった玄関を通って外に出る。彼がまだ現場に留まっていた事に内心ホッとしつつ、ある程度まで近づくと気安く声を掛けて。)
──よお、順調か?
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