名無しの部族 2020-05-02 02:16:19 |
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(息を呑んで立ち止まると余りの驚きに呼吸が狂い、肺が押し潰されるような息苦しさにヒュと擦れた音が鳴り色眼鏡越しの目が見開かれた。神でも仏でも何でも良いと懇願したが、現れたのが何を話しているかもわからない原住民だなんて誰が予想出来たと言うのか。ふつふつと浮かび上がったのは底知れぬ絶望、コミュニケーションが円滑に取れない今ではお得意の口八丁が役に立つとは思えない。胃の底から込み上げるのは吐瀉物ではなく酸っぱく苦い胃液のみ、それは泥を噛むよりも辛かった。鼻をつく血液の生臭さが後の自分の行く末のようで生きた心地がしない。刃物を向けられている訳ではないがほんの少しの対応を間違えれば目の前の男は何の躊躇いも無く死に掛けの老体にいっそひと思いの止めを刺すだろう、生きている内に俎板の鯉の心境を知れるとは、どうやら貴重な経験をしているらしいと自覚をする。胃の辺りが締め付けるように痛い、眼はグルリグルリと回る様に目の前の男を二重にして見せる、それでも生き永らえたい執着心だけが表情筋に力を籠めると壊れたみたいに胡散臭い笑みを浮かばせて。白旗を上げる代わりに両腕を胸元へ運び広げた手の平で全面的な降伏を見せ『こんにちは、初めまして。危害を加える気はほんの少しだって無い。』『此処には漂流して来た、助けを呼ぶ方法は何か有るか?』途中途中に言葉が詰まる様子を見せながら選んだのは一般的に使われる英語だったようで、それでも通常より動いていない役立たずの脳みそは言葉に詰まり。余りの渇きで引っ付く喉を潤すべく浮き出た喉仏は上下に動きゴクリと生唾を飲み込んで。───その時、色眼鏡に彼の手が触れると驚くことにこんな状況でも潔癖と言うのは生きているらしい、ヒィッと甲高い悲鳴が反射的に上がり取り繕うように可笑しくも無いのに愛想笑いで誤魔化して。直ぐに骨ばった利き手で色眼鏡を目から外せば『これが欲しいならやるとも、ヒビが入っちゃぁいるがね。太陽から目を守るのにはまだまだ使える。だから頼む、───俺を殺、すな。』言語が通じているのか、通じていないのか、その判断さえもついていない状態で色眼鏡を彼へ差出す姿は恋人にプレゼントでも渡すか目上の者へ取り入るために贈り物を献上する以外の何にも見えず。最後の最後には命懸けの懇願を、今にも消えてしまいそうな蝋燭の最後の燃え広がりと言った強い眼差しで、嫌になるほど見てきた海を連想させる美しいエメラルドグリーンを見つめ)
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