匿名さん 2020-02-11 22:19:53 |
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( 暫く黙って彼女の言い分を聞いていたが、聞くほどに腑に落ちない。『保護』『安全』『放っておけなかった』、どれも耳馴染みの無い言葉で、飲み下すのに時間がかかる。つまりこの女は正義感からだとか良心が痛んだとかの理由で、態々自分を連れ出したと言うのだろうか。こんな…得体の知れない自分を。今迄に小屋の前を通る人間はこの女以外にも、少ないながらもいた。けれどもその大半がゴロツキや気の触れた碌でなしの類で、そもそも正面な人間はあんな所は避けて通る。通らざるを得なかった何人かはまるで汚らしい物でも見るような目つきで自分を見るか、反対に目も呉れずに通り過ぎるだけ。だからこんな対応をする人間が居るだなんて信じられなかった。女の温かい手が、頬に、手に、まるでそこに付いた数多の傷を癒すかのような労りを以て触れる。本来なら礼の一つでも言うべきなのだろうが、長く夜の冷たさの中では生きていた少年はその術を忘れていた。だから『ありがとう』の代わりに「…俺のこと、何にも知りやしない癖に」と、不貞腐れたように小さく悪態を吐くに留まった。話している間に感極まったのだろうか、女に再び抱き寄せられると今度は慌てて身体を押し返して。)
…あんたが人攫いとか変質者じゃなくて、ただの通りすがりのお人好しってのは理解した。でもあんたどうやら勘違いしてるみたいだな。俺には確かにボロっちいけど帰る家があるし、保護者もいる。この傷や痣だって、あんたが想像してるような事で出来たわけじゃあない。俺にはちゃんと…
( これ以上触れるな、近寄るな。夢を見せるのはやめてくれ。今一度女の方に向き直ると、威圧するように上から顔を近寄せて。睨みつけながら威嚇するつもりで言葉を並べて行ったものの、最後にはまるで咽ぶようにその声音を震わせて。自分が不幸なのは自分が一番よく分かっている。それでも他人からそれを指摘されたなら、惨めさは自分の中により一層深く影を落として。不意にそこから来る居心地の悪さに襲われると、「…早く帰らないと」とぽつり呟く。女の口から『食事』と言う言葉を聞けば、それまで鳴りを潜めていた猛烈な渇きにも再び襲われ。そう言えば食事がまだった。主の様子だって心配だ。それに…自分が此処に居る事自体、この女にとって害にはなっても良いことなんか一つもない。多少の強引さには驚いた物の、自分を一人の人間として気に掛けてくれた彼女の思いには擽ったさを孕んだ嬉しさを感じていた。だからこそ、これ以上自分に関わって欲しくなかった。それを''ただの通りすがり''である彼女にどう言い表すべきかと言葉に悩み、眉間に皺を寄せ歯痒そうに唇を噛んでは沈黙し。結局下手な事を言う前に去るのが互いにとって最善だと言う考えに思い至ると説明する事を放棄して、何も言わず彼女に背を向けて。)
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