「主」 2019-11-24 22:36:01 |
通報 |
(ただ一転の曇りもなく磨き上げられた鏡の前。さらりと流れ落ちている絹のような己の髪に、二度、三度と、椿の櫛をゆっくりと梳きこんでいく。
自分の美しさが好きだ。わざわざだれに誇ってみせるまでもない、ただ私に属しているというだけで存分に自尊心を満たしてくれる、己の美貌が好きだった。世界中のどんな美女も、名残雪の中に咲く小さな花や魔窟の中に輝く珍しい宝石さえも、自分の美しさには絶対に叶いやしないと、自信をもって断言できる。この美しさを保つため、損なわぬためなら、どんなことでもした――本当に、どんなことでも。
他人の美醜には頓着しない。それが自分に課したルールだ。だからその分、己を誇る。それが私をますます美しくしてくれる。だから、ほかには、何もいらない。
――とはいえ、人間として生まれた以上、多少なりとも他人と関わり合って生きていかねばならぬもの。玄関先から聞こえてきたノックの音に、髪を梳く手がぴたと止まる。振り返る。戸に窓はない、来訪者の顔は見えない。だが鏡台の横にある小窓を薄く開けているから、ここからなら声が届くだろう。そう思い、半ばその戸を開けてもいいと言外に伝えながら、鈴の音のような声で問うて。)
……あら、どちら様かしら?
トピック検索 |