「主」 2019-11-24 22:36:01 |
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ああぁ、ああ、ああああ……!
(手首を切った若い女の死体の前で、胸を焼くような後悔に耐えきれず絶叫した──違う、こんなはずじゃなかった、間違いだった、俺が悪かった。そうだ、俺が全部いけないんだ、俺が救いようのない馬鹿だったせいなんだ、だから時間を巻き戻してくれ。
彼女の寂しそうな視線にはずっと前から気づいていた。幼なじみの延長で付き合いだして約7年、何かと理由をつけて結婚を先延ばしにしながら派手な夜遊びを続ける自分を、彼女はいつも悲しむような、耐えるような、それらを微笑みに無理やり押し込めたような表情でただ見ていた。いや、何度か限界を迎えて泣きつかれたことはある──だが自分が聞く耳を持たなかったし、2日も経てば忘れてしまった。
その結果がこれだ。夜遊びの果てにとんでもない地雷女を踏んで、奴に情事の写真をばらまかれ、あることないこと吹聴され、挙句俺を奪い取ろうとしたそいつに彼女が酷い中傷を受けた。あまりのことに凍りつく間に彼女はどんどん追い詰められ、地雷女はどんどんのさばり、ぴたり音沙汰の絶えた彼女の家をおそるおそる訪ねたら──そこに地獄が待っていた。
出るはずの涙が流れない。目に毒なほど真っ赤に広がる血の海の上で、染めた髪をかきあげながらただ叫ぶことしかできなかった。それを聞いて隣家の人間が通報したことも、警察がやってきたことも、手錠をかけられたことも、今さらもうどうでもよかった。
生きていたくなかった。生きているだけで体の芯までめちゃくちゃに鞭打たれている気分だった。死んでしまいたかった──それが、だれかに届いたのかもしれない。
がしゃあん、と、派手な音と同時に横殴りの衝撃が来て、視界が眩いガラスの破片でいっぱいになった。パトカーごと世界が二転三転して──どん、と落ちて。ぐったりと動かなくなった運転席の警察官を見て、また彼女の最期がフラッシュバックした。
頭の中の思考は明瞭なそれにはならず、ただ絶望と後悔にどす黒く曇っており。遠く、奇妙に高い靴音を聞いたのを最後に、意識がずるりと闇に沈んで。)
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