千利 2019-11-18 20:32:11 |
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( 彼女との出会いは、衝撃だった。体が熱くなって、息が上がって、脳味噌が思考を一瞬放棄してしまうような、雷のような出会いだった。ただその出会いにあったのは甘ったるい言葉と穏やかな空間ではなく、確かな殺意を持った鋭く赤く光る銀のナイフと、狂気に満ちた少女の瞳だったのだが。じわり、じわりと横腹からあふれ出して服を内側から染めていく血液に、熱さを超えてジンジンと痛みだした傷口になんとか現状理解しようと努める。これ以上血液を失ってたまるかと服の上から脇腹をぐ、と抑えつつ、意識は一瞬たりとも目の前の少女から逸らさぬよう。先程まさに己の肉を抉った憎々しいナイフは月の光を受けてぎらりと光っているが、問題となるのはその柄の先、いっそ殺意と憎悪に濡れていてくれた方助かるような正気を見出せない少女の瞳。どうしてこんな廃墟に人がいるのか、しかもそれが年端もいかぬ少女で、更にここまで厄介な存在だったのか、運が無かったとしか言い様がないかもしれない。少女の所作から目を離さぬよう瞬時に銃を取り出したはいいが、謎が多い現状では此方のどの行動が彼女の静止を解く引き金になるかも分からない。この先のリスクなど全て考えずにとりあえず目の前の少女を始末してしまえば楽だろうとは思うのだが、一度彼女の異質に呑まれ、更にこの体に刻まれたとなれば、脳味噌の奥の本能とかいう奴が腰を抜かして動きやがらない。いっそ笑うしかない状況に、彼女と共に静かに笑い合う。──扉は自分の背後、そしてその先に廊下。廊下には窓があったはず、そこから飛び降りるでも左右に伸びた道に逃げるでも、とりあえず現状の最善は撤退一択。幸いにも目の前の少女と成人男性である己では圧倒的に脚の幅、リーチの差という物がある。しかもパッと見て薄着の彼女には手に持つナイフ以外に物騒な物は見当たらず、逃げている最中に攻撃できる手段があるとも思えない。ならば、やはりこの先の行動は一択。ふぅ、と一息、想像よりも熱くて震えた息が出た。ぐっと脚に力を込め、僅かに上体を沈めて口元を余裕綽々に、そしてダンディーに歪めて見せようか。 )
嬢ちゃん、おじさんはな、鬼ごっこが得意なんだわ。
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