healing DOLL . 小説

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+  2019-11-13 04:26:08 
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 ある日、______ は目を覚ます。
 見覚えのない天井、見覚えのない床、見覚えのない服、そして、見覚えのない自分の顔。
 何も覚えていない。自分の名前すらも。
 そんな全ての記憶が消えた俺の前に、人影が現れる。長い髪、すらりと伸びた手足。女が男か区別がつかないぐらい美しいと形容できる容姿。
 その"人間"は俺を見るなり鼻で笑った。

「また、か」

-*-*-*-*-*-*

頭空っぽキメラ小説 . 不定期更新
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  • No.5 by +  2019-11-13 12:42:03 



「ダアト!?」

 ダアト、という言葉を聞いた瞬間、ティファレトは目を見開いた。それは驚きと言うよりも怒りを滲ませた、という表現の方が近い表情で、とても自然だった。
 ティファレトはあくまでも冷静さを保とうとしたのだろう。大きく息を吸ってから大きく吐き、そしてもう一度ケテルに向き直った。

「ねぇ、ケテル。正気なの?」
「私はいつでも正気だが?」
「正気ならこんなどこの誰とも分からないような男にダアト、なんて名前付けないでしょう!? その名前がどんだけ大事か分かってる!?」
「そう怒鳴るな、ティファレトよ。まるで"人間"のようだぞ」
「……っ」

 ケテルが人間、を強調するとティファレトは黙り込んだ。無表情を必死に保とうとしているものの、滲み出る悔しさが隠しきれていない。
 何だ、彼女はまだ人だったのか。無機質すぎる彼女に感じていた不気味さはいつの間にか消え去っていた。

「ダアトよ」

 ケテルは俺を見ながらそう声をかけてきた。

「それが、俺のキャストネーム……で、良いんだな?」
「嗚呼、構わぬ。ティファレトから聞いたか」
「一応。キャストネームの話とセフィロトの樹の話は」
「なら良い」
「それで、俺はこれからどうすればいい?」

 ケテルはまた歪な笑みを浮かべると、そのまま部屋を出ていった。最早ついてこい、なんていう言葉すら無かった。
 仕方なく着いていこうとしたが、視界の端にティファレトの姿が映った。ただ俯き表情の見えないティファレトは気になったが、俺はケテルの後を追うように部屋を出た。

 ケテルは2階の木製の扉を3回ノックした。
 この王様気取りの性別不明野郎が礼儀を知っていたことに驚き、礼儀正しい行いをしたところにカルチャーショックを受けた。多分同じ国出身だろうが。

「入れ」

 暗く嗄れた声にはい、と短く返事をしたケテルは部屋にはいる。俺もそれに続き部屋に入るが、その部屋の殺風景さに思わず足を止めてしまった。
 さっきの事務室みたいな場所にはまだ光があってココアを出せる場所があって、ソファという座る場所があった。しかしこの部屋には何も無い。文字通り何も無いのだ。

「君がダアトか」

 部屋の中央の床にあぐらをかいた老人は、顔を上げるなりにんまりと笑った。

「……はい」
「その名は批判を受けるだろう。何故ダアトにした?」

 焦点の合わない瞳が気持ち悪くて視線を逸らしながら会話する。しかし老人はそんなことは関係ないように意に介さず笑っている。

「この男はダアトだ。決めたのは私だ」
「君か」

 ケテルははっきりと目を合わせながら、老人は目を合わせてるはずなのに焦点の合わない瞳で、二人は対峙していた。
 もしかしたらあの老人は目が見えないのかもしれない。それを確かめる術は無いのだが。

「他の奴等には何と説明する?」
「私が決めた。異論は認めない、と」
「ふはははは」

 老人は大きな声で笑い始めた。地響きのような嫌に響く笑い声だった。

「なら良い。セフィロトも認めたと言え」
「……感謝します」
「下がれ」

 ケテルは小さくお辞儀すると部屋を出た。
 全く理解出来ない俺はケテルについて行くタイミングを失い、謎の老人と二人きりになってしまう。

「君は」

 逃げようと覚悟を決めた瞬間、狙い撃つように老人は話しかけてきた。

「ここをどう思った」
「不気味さと神聖さが両立する異世界……と思いました」
「ほぅ」

 真っ黒な瞳をこちらに向けながら、老人はまたにんまりと笑った。面白がっている。感情がはっきりと分かりすぎて感情が読めない矛盾に気分が悪くなってくる。

「なら、君はここで生きていけるか」
「……分かりません」
「分からない」
「俺は、ティファレトみたいに人形では居られません。俺は人間ですし」
「なるほど、なるほど」

 老人はコツン、と杖を立てて立ち上がった。右足を引きずりながら、俺の目の前に近づいてきた。

「人間と人形の違いは?」
「え……?」
「心か? 将来性か? 死か? それとも無機物と有機物という違いか? あるいは無動と有動の違いか?」
「いや……未来に期待寄せられるか、じゃないですか……?」
「ふむ」

 老人はまた右足を引きずりながら、元の位置へと戻った。

「根本が間違っているという点を除けば、君の言い分は模範的な正義だ」
「根本が間違っている……?」
「それは君がみつけたまえ。ダアト。知識の名を冠する者よ」
「……はい」

 有無を言わさない強い口調に、一歩引いてしまった。これ以上は俺にはどうしようも出来ない。
 この会話の意味が分からないまま、何故ケテルと一緒に部屋を出なかったのか。ただそれだけを後悔しながら、俺は部屋を後にした。

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