匿名さん 2019-06-10 15:59:22 |
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【 愛をくれた大好きなあなた 】
(耳触りのいいその声が、好きだと思った。浮かぶように軽く、レトロのように柔らかで、何処までも真っ直ぐ伸びていくそれが、私の名前を呼んで止まるその瞬間。何かが全身を駆けあがり声は喉の奥へ引っ込み息さえも止まる一秒を、”雷に打たれたような”と評した誰かは正しかったことを瞬きのうちに理解させられた。あの日から私の世界を切り取り、留め、彩るのはあなたの声になった。それ以外の何もかもが有象無象と化し、あなたの居ない視界は世の色を忘れてしまったようだった。其れ程までに好きだったあなたの声、なのに今はもう世界のどこにも残っていない。花粉症で少し鼻づまり気味だった春の声も、アイスの冷たさで舌ったらずになった夏の声も、食べ物を沢山抱えて嬉しげだった秋の声も、二言目には寒いと呟いていた冬の声も、生きているのは私の記憶の中でだけ。それだって、いつかは忘却の海へ消えてしまうのだ。それこそを切り取って留めて飾りたいと願うのに、それを為すための方法が無い、なんて役に立たない世の中。あなたが居ないと私の世界は動かない。私の世界を動かすのはあなただけなのに――――そう、眠る貴方へつらつらと言葉の雨を降らせていく。後頭部を殴打されて意識を失った最愛の人は、羽毛よりも軽い呼吸で必死に生を留めていた。滅多打ちにはしていないから死んでしまうことはないだろうけれど、しかしあの弾むような愛おしい声がわたしを呼ぶことだってもう二度とないのだ。これから聞くのは蔑みか、恐れか、あるいはそのどちらもを含んだ声ばかり。それでも今後は私の名前だけを呼ぶのだからと強がることは、弱い今の私にはまだ難しい話だった。もっと穏便な方法で解決できれば良かったのにね等今更遅い逡巡と共に、当初の予定通り細い体を抱える。その直後、微かなうめき声が鼓膜を揺さ振った。か細いながらも生きていることを主張するそれが、なぜだか赤子の産声のように思えて、胸を占めていた不安がうんと軽くなる。ああ、こんなことをした私に貴女はまだ知らない声を聞かせてくれるなんて。たちまち晴れ間を見せる胸中を表すかの如く口角が三日月を描くと、半端に開いた唇の端へ顔を寄せながら、努めて静かに草木が眠る夜を越えていく。静かで優しい夜だった。)
(/リハビリ。お題、スペースともに有難うございました!〆)
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