*.+゚ 2019-06-02 00:01:43 |
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( サプライズをしませんかと向かい側に座る彼女が口を開いた時、正直な話これと言って驚きは生まれなかった。半年と少し前、真後ろのモニターが映し出した蝶からの祝辞は今も記憶に埋もれることなく自身の心奥に残留し、仄かな熱源となり続けている。目には目を、歯には歯を。報復論とは趣旨が異なるものの、同じを返してイコールにするという点では自身の元に話が舞い込むのも極めて自然な流れであると納得できる。了承は二つ返事。有能なプロデューサーが提示した作成済みのスケジュールを目にした時は、断られる想定など皆無だったのかと思わず苦笑を零してしまったのだけれど。__ビデオメッセージ、ケーキの作成、プレゼントの受け渡し。過去の事例は多種多様で、そのどれもに親愛と感謝の念が込められていた。会場の主役は言わずもがな本人で、一歩下がって引き立て役に回るのは己の得意分野。かっちりと噛み合った歯車が想定通り円滑に回り出すかと思いきや、方程式に準拠しない現実は予定調和を毛嫌いしている様子。彼が喜ぶもの。ファンが見守る会場で見せるべきもの。片割れとして、いちアイドルとして己が提案できるもの。うんうんと唸って終わる休憩時間が両手両足の指を越えようかとしていたとき、ふと、異世界への入り口であったかつての薄暗がりと邂逅した。)
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(弥生の風が頬を掠めていく。録画を選択するのであれば撤収だって早かったに違いないが、その選択を蹴った己に肌寒さを堪える以外の選択は齎されない。会場からの合図を待って三秒前。にい、いち、…数字が消えた瞬間、いつも通りを装いレンズ越しに柔和な笑みを振り撒いて。)
__やあアゲハ、お誕生日おめでとう。今日という日を楽しんでいるかい?バースデーイベントも終盤に差し掛かった頃だと思うけど、『In Forest』の宝飾周から親愛なる相棒へ向けてサプライズを贈らせてもらうよ。…ふふ、何かあることくらい分かっていたくせに、あからさまに驚こうとしなくても大丈夫だって。これからきちんとびっくりしてもらうから。……さて。アゲハ、そして会場にいるファンのみんな。俺の後ろを見てもらえるかな。…うん、そう、大きな木とステージが見えるでしょう。これは桜の木でね、元々はこの辺りの路地裏を抜けた先にひっそりと佇んでいたんだけど、ESの大開発に伴って野外ステージのシンボルとして採用されたんだ。木そのものをどうにかする方が楽だったと思うんだけど、あまりに立派だったから保全のついでに周りを変えてみたんだって。天祥院先輩も強引だよね。ああ、本日の主役のために一応言っておくと、可愛らしい猫は保護会の皆様の元で平和に暮らしているようだからご安心を。…なんで俺がこの場所にいるんだって不思議そうに傾ぐ首が増えてきたところで本題に移ろうか。突然だけど、一ヶ月後の今日にこの場所で俺達二人のイベントを開催する。内容は「漆戸アゲハの『専用衣装』お披露目ライブ」。…そう、アゲハ、君の番だよ。今日から話を詰めていけば、当日には衣装も完成するだろう。俺のは知っての通りだいぶ前に完成しているからね、ようやく二人分揃うわけだ。予告も何もなかったからファンのみんなを動揺させちゃったかもしれないけど、察しの良すぎる蝶々相手には極力情報を絞るしか無くってさ。ごめんね。当日にしっかり楽しませるから許してほしい。……ライブに衣装。それから、時間をかけて蕾を広げる美しい桜の景色。これが君へのサプライズプレゼント。どうかな、喜んでくれた?羽音が聞こえる前に俺は撤収するから、感想なら後で聞かせてね。それじゃあ、残りも素敵な時間を過ごせますように。お時間を頂きありがとうございます、宝飾周でした。ばいばい、ア~ゲハ♪
(__ぷつん。中継が途絶え、協力を依頼していたスタッフと視線で合図を交わすやいなや、ひらひらと振っていた片手を下ろし強く握り締め。部類としては自己満足に近いこの行動が果たして何処まで受け入れられるのか、会場の雰囲気を確認したい気持ちは決して少なく無く。されど既に終わったこと、決まったこと。次の成功に向けて歩み出すのがストイックで知られる己の最善たる選択。帰りにご機嫌取りのオレンジを買っていこうと脳内のメモに綴ってから、周囲への謝礼と共に頭を下げ、ガチャガチャとした片付けの音を響かせた。)
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