梔 2019-05-10 21:27:49 |
通報 |
>>梔
(廃倉庫内の煙が引き、兄弟の姿が消えたあとも頭から彼の表情と声が離れず頭痛も酷くなる。彼は公の場で素顔を晒すことがあっただろうか、自分に向けられた言葉も慣れないもののはずなのに心根を震撼させ、胸中の喧騒が鳴り止まず呼吸もしづらい。暗闇の中、先程掴みかけた何かが掴めそうで掴めない。なぜ自分は彼に刀を向けたのか。その必要はなかったはず。彼は敵ではないのだから…、「──くちな…」と彼の名が口から零れ落ちる前に、トンと肩を叩かれ赤髪の男の耳障りな声が再び脳裏に靄をかける。あと一歩で何かが掴めそうだったのにと軽く赤髪の男を見据えると男はククと喉で笑い『何か不満そうだな。さっきの兄ちゃんを切り損ねたからか?にしてもマスクの下もかなりの別嬪だったな。』と卑しく口端を上げる。その時、酷く居心地の悪い感情が腸を逆撫で無意識に刀を持つ手に力が入るもそれに気付いた男はすかさず榊の背に手をやり『そんな怖い顔するなって。俺たち“仲間”だろ?』と。“仲間”…こんな奴らが?と違和感を抱いたのは一瞬で、脳内の靄が濃くなると、そうかと納得してしまう。「…そうだね。」と短く返答し刀を鞘に収めると男達に続いて車に乗り込む。車は鈍いエンジン音と共に発進し、男達のアジトへと車体を滑らせて。
一方、救護班を待機させていた建物内、榊によって怪我をした部下は意識ははっきりしており既に治療済みで状況を仲間に報告するところ。その少し離れた場所でイチは険しい表情で梔の救護にあたっており、左肩に布を強く巻き付け止血すると痛み止めを打って応急処置を手際よく行っていて。『この場で出来るのはこの程度だ。後はアジトに戻ってから。…手の感覚はどうだ?』と梔の左手を握って顔を覗くも返答を聞く前に堪えていたものを吐き出すように顔を逸して舌打ちして。『誠のやつ、お前にこんな怪我させて何考えてんだよ。お前の兄貴の話じゃ様子が変だったらしいけど。』許せねぇと低く呻き苦衷に表情を歪ませる。自分の知っている榊なら仲間を裏切るはずがない。何か訳があるはずだと分かっていてもイチには想い人を傷付けた榊がどうしても許せなかった。だが今は榊よりも…と再び梔に視線を戻す。ヤマトの頭である榊が不在の今、組織の指揮をとるのは必然的に右腕である梔になる。彼の頭角と技量を持ってすればヤマトを統括し率いることは造作のないことで、部下も疑いなく彼に従うだろう。実際、想定外の事態さえ起きなければ彼の考えた廃倉庫に乗り込む手立ては完璧だったのだ。だが、連日続くトラブルで彼の体も精神も酷く消耗しているはずで、イチには彼の心身が気がかりでならず心配げに彼に視線を向けて『なぁ…、アイツのこと気にするなってのは無理な話だけどよ。今は自分のこと気にかけてやれよ。』といつになく真剣な瞳で、やや青白いように見える彼の頬へと空いた手を伸ばして。)
トピック検索 |