梔 2019-05-10 21:27:49 |
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榊>>
(何が起こったのだ。目の端でキラリと光が反射したかと思えば後方から聞こえた音に、部下の制圧が完了したのだと疑いもなく視線を寄越すが、現実はその反対。あの部下は戦闘経験もあり、負けることはないと思っていたが…とまで思考回路が進んだ時、その部下の体に深々と刺さる千本に目が止まる。そんな、あの千本は。視線を戻すとその千本を鮮やかに扱うことのできる数少ない人物である彼が、赤髪の男と自分の間に立っていることに気付く。彼は赤髪の男に背を向け、こちらに冷たい笑みを称えており、何かの作戦かと抱えた淡い希望もそこで潰える。いつもであれば、心落ち着く穏やかな微笑みは姿を潜め、今はただどこまでも冷たく、氷をも貫く温度を静かに携えてこちらへ凍てつくような美しい双眸を向けていた。言葉を発そうと開いた口から出るはずの音は、冷たく張られた薄い氷が邪魔をしてただ喉にへばりつき、敵意と共に送られた言葉に飲み込むしかなかった。言い回しこそ彼らしく、優しさが含まれているが、その言葉の質は今までの彼のそれとは明確に違う。その違いは理解できど、彼が何と言ったのか理解する前に、部下に向かって言葉を絞り出す。何かがおかしい。それを明らかにする前に隊を下げなければ、このままではこの隊は彼を前に全滅するだろう。彼は知略に富み、広い人脈を持ち、人徳も得る…この隊の編成だけでなく、個々の戦癖、全てを理解し、対応できる力の持ち主だ。「…ぐぅ…っ、!…総員退却!一時撤退だ!」流石剣の名手、煌めく刃は空と左肩の肉を切り裂き血液を散らすが、自分は彼に…戦場に立つものとして失格だが、想いを馳せる彼に刃を向けることが、出来ない。見っともないが、反撃も抵抗もかなぐり捨て、倒れた部下を右手で抱えて撤退する部下へ放り投げると部下達の後を追わせないように立ちふさがり、彼と面と向かって形だけ短刀を構える。「…榊さん、何故ですか…っ!俺たちの、何がダメだったんですか!……どうか…どうか一緒に戻りましょう?誠さん…っ!」殆どの部下が撤退し、自分もこの場を離れるべきなのは理解しているが、彼の美しい瞳がいつもと変わらぬ色を映し瞬く瞬間を見ていると、いつもの様に淡く、優しい微笑みを称えて来てくれると何処かで信じている自分が、彼を置いて離れたくない自分がいる。最後の希望を込めて武器を持っていない左手を無理やり動かすと彼へ向けて)
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