執事長 2019-05-03 19:58:05 |
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>レナード
ッ!(薄れ行く傷跡を確かめる様に逆手の指の腹で手首を撫で擦れば、笑み混じりの呼気が小さく零れた。彼にとっては皿に盛られた数多ある料理の内の一つでしかないのだろうけれど。ゆっくりと瞼を閉ざして、脳裏に捕食者の姿を思い描く。夜空に浮かぶ月のように艶やかな銀糸に、身を焦がすような炎を思わせる真紅の双眸。この世の者とは思えない、その美しい姿かたち。今でも背筋が震える。現実と夢想の合間を漂い始めた意識の向こう側から聞こえるノックの音に、己の名を呼ぶ声。ああ、彼は確かこんな声だったなあ。夢見心地の脳が覚醒したのはカウントダウンの最中。この屋敷に攫われてきた夜に出会った吸血鬼の青年の、神の声だ。間違いない。半ば跳ね起きる様に寝台から上体を起こして、素足のまま絨毯を蹴って急ぎ足に扉に向かう。首から提げた十字架を取り払って枕元に放ることは忘れずに「ちょ…っと、待ってくれ!すぐに開ける!」大した距離もないのに息を切らしながら、ドアノブに飛び付かんばかりに扉を勢いよく開け放てば、久方ぶりに垣間見えることの叶った捕食者に縋る様に)……す、すまない。間に合わなかったけど、帰らないでくれるか?
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