匿名さん 2019-02-10 22:59:03 |
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( 素晴らしくなめらかな説明だった。無言で男を見下ろして、近侍だろうな、という確信に近い感想を抱く。つっかえることも言い淀むこともなく告げられたその命令に、眉を寄せて息を吐いた。協力を願いたい、なんて白々しい。誰が聞いても拒否権などない態度、口振り全てが癇に障って、正当な客人として扱う気は簡単に失せた。「 ──なるほど。いらぬ迷惑をかけておいて、茶の一つも出さずにすまないな 」──一呼吸おいて口を開く。「 俺の名前は大包平だ。この本丸の纏め役を務めている 」極めて無感情にそう告げると、顔の動きで後ろに控える刀剣へと注意を促した。「 知っている者もいよう 」そう言って自嘲気味に笑う。入手難易度の高い刀剣ばかりが揃っていることを、彼らは偶然だと思うだろうか。「 この本丸には34振の刀剣がいる。分担すれば尚のこと、全員と会うのにそう時間はかからないだろう 」……なあ、歌仙よ。審神者殺しの刀剣どもに、人間様は寛容だなぁ。──そんな言葉は飲み込んで、いかにも協力的であることを示した。「 一人ずつ割り振るといったか。では縁のある者につくと良い 」彼らの顔を見渡しながら、そう答える。六振りの中で、この本丸に残っているのは鶴丸国永と亀甲貞宗のみだった。
ふと、一振りの刀剣と視線が交わる。粟田口の揃い衣装に身を包んだ短刀だ。無意識だろうか。彼は目を細めて、何やら複雑そうな表情を浮かべている。それに引き換え、己はいい加減立っているだけでいっぱいいっぱいなものだから、その顔色に無性に腹がたった。ゆっくりと移動して彼の傍で立ち止まると、片膝をつく。白い額に掛かった前髪を払うと、思いの外冷たい温度を感じて動揺した。己の手が熱を持っているのか、はたまた彼の肌が冷えていたのか。そんなの確かめようもないけれど。「 ……なぁ。兄弟に会えてよかったじゃないか 」指先の接触により“己の身体の異常な疲労を悟られてしまったかもしれない”と揺らいだ思考を隠すように、不遜な口はそんな言葉を吐き出した。襖のそばに立ったままの平野、もしくは一期一振の息を飲むような音が聞こえる。己の呟きは、ただでさえ冷たいこの部屋の温度をいとも簡単に下げてみせた。
この本丸に前田はいない。どれくらい前だったろうか。度重なる重症進軍により、池田屋二階で折れたと聞いた。共にその地へ出陣し、帰還後、血塗れた身体に魂の抜けたような顔で、そう報告したのは粟田口の誰だっただろう。そんな回想を振り払うように立ち上がると、今度はあの男へと視線をやった。こいつだけは、名乗られなくたってわかる。「 ……人の身を得てからお前を見るのは初めてだ 」演練なんて出たこともないしな。──最後はすんでのところで飲み込んで、背を向ける。「 俺とそいつで二階を回る。あとは好きに分担しろ 」そう言い残すと静かに部屋を後にした。そのまま少しだけ歩いて、立ち止まる。直にやって来るであろう男を待つ振りをして、ふらりと壁に右肩をついた。 )
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