けだもの。 2018-11-24 02:40:57 |
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◆ La bête du Gévaudan” ◆
昔々、「ジェヴォーダンの獣」と呼ばれるオオカミのように獰猛な男がいました。
彼は軍人でしたが、最後に駆り出された戦いで深い傷を負ってしまい、その痛みが癒えるのを待たねばならなくなりました。
傷が治るまでのあいだ、ジェヴォーダンの獣は結婚相手を探すことにします。
ところが、人々は怖がってだれも相手に名乗り出ようとしません。
それもそのはず、ジェヴォーダンの獣は、先の戦争で何百人もの人間の血を啜った怪物であり、悪魔よりむごい男なのだと噂されているからでした。
いかにも、彼は悪魔でした。
戦と同じで、望みを叶えるためならばまったく手段を選びません。
戦と同じで、国王にさえバレなければ、自分の任された場所で何をしようが良いのです。
――ジェヴォーダンの獣は、もう何年も前から、だれかに愛されることを欲していました。
戦っても戦っても満たされずにいた心のうろを、だれかのぬくもりに埋めてほしいと願っていました。
そこで彼は、ある七人の美しい娘を攫いだしてしまったのです。
一人目は、つつましく暮らしていたパン屋の家の末娘。
二人目は、呪いの森の奥深くにひっそり隠れ住んでいた魔女。
三人目は、山賊傘下の娼館に囚われていた娼婦の娘。
四人目は、別の男との結婚を間近に控えていた貴族の娘。
つづく五、六、七人目も、同じように様々な事情を抱えている娘たち。
十三歳から二十歳までばらばらではありましたが、娘たちはそのだれもが目の醒めるほどに美しい者ばかり。
そんな七人を、ジェヴォーダンの獣は己の城に閉じこめました。
まるで七羽の美しい小鳥を鳥籠に閉じ込めるように。
まるで七輪の美しい薔薇を温室で慈しむように。
そう、欲深いジェヴォーダンの獣は、七人の娘全員を己の妻に迎えようと決めていました。
彼女たちには死ぬまで己のそばにいてほしいと、勝手に願っていたのです。
しかし七人の娘たちは、突然誘拐されてきた身。
しかも相手は、血まみれの英名を馳せたあの恐ろしいジェヴォーダンの獣。
娘たちのほとんどは震え上がるほどの恐怖に駆られ、このジェヴォーダン城から逃げ出そうと決心しました。
ところがこのジェヴォーダンの獣、いったいどこで身につけたのか、軍人でありながらなんと魔法を使えました。
ジェヴォーダン城そのものが、彼が娘たちを捕らえて離さないための罠だったのです。
絵画が笑い、甲冑が歩き、剥製が喋り、銀食器が歌い、階段をいくら上がっても永遠に上に上がれず、廊下を走り抜けた先には今来たばかりの廊下が再び。
時には城主が知らぬ間に魔法が暴走を引き起こし、異物である娘たちを殺そうとしてくるありさまです。
そんな恐ろしい場所ではありましたが……娘たちに、まったく勝機がないわけではありませんでした。
娘たちが選べるのは、たった三つの方法だけ。
ひとつ。一見不規則で悪意に満ちたジェヴォーダン城に隠されている法則や仕組みを解き明かし、ジェヴォーダンの獣がいつも外へ出入りするのに使う、「ただひとつの出口」を見つけること。
ふたつ。広大なジェヴォーダン城のどこか隠されている秘密の部屋を探しだし、そこにあるガラス細工の小さな棺に眠っている、ジェヴォーダンの獣の「本物の心臓」をナイフで突いて殺すこと。
みっつ。ジェヴォーダンの獣を愛するふりをして騙し、彼が飼っている伝書鴉の世話を引き受け、隙を見て国王陛下に救いを求める手紙を出すこと。
愛し憎まれ、信じ騙され。
愛欲しさに狂った手負いの軍人城主であるジェヴォーダンの獣と、そんな彼に攫われてきた七人の美しい娘の、奇怪で爛れた結婚生活の幕が今、上がりました……。
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