お坊ちゃん 2018-09-27 22:54:34 |
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お相手して下さる方をお待ちしている間に、小話でもひとつ致しましょう。
これはとある憐れな坊ちゃんのお話でございます。
坊ちゃんには双子の姉がひとりおりまして、よく似た二人は顔も声も、果ては身長や体重までまるで鏡写しの様にぴったりお揃いでした。
違うのは男か女か、どちらが御家の当主を継ぐか、その程度の違いでした。しかしその差は幼い二人には何よりも大きな違いであり、小さな体に大きな重責を抱えた姉の姿を坊ちゃんは眺めていることしか出来ないのでした。
程なくして、元より体があまり強くなかった姉は幼い生涯の幕を閉じることとなります。
無表情の親類たちは思います。「ああ、やっぱり女には無理だったのだ」と。
坊ちゃんは思います。「ああ、姉が女でなければ無理に御家を継ぐことも、幼くして死んでしまうこともなかったかもしれないのに」と。
違うのは男か女か、どちらが御家の当主を継ぐか、その程度の違いで姉は亡くなってしまったのです。
月日は流れ、様々な議論が為され、坊ちゃんはお嬢様になりました。
それは御家の意向であり、坊ちゃんのエゴであり、憐れな人間達の時間稼ぎでした。
姉が死んだと分かれば、命を賭してまで御役目を全うした姉に人々は「ほら、女には無理だったのだ」と貶すでしょう。坊ちゃんは、大切な姉を侮辱されたくはありません。
けれど自分がその跡を継いだと分かれば、男の自分に人々は「ほら、やっぱり男が継ぐべきだったのだ」と囁くでしょう。坊ちゃんは、大切な姉を否定されたくはありません。
それでもたとえ姉に成り代わったところで、それは自ら「女の姉には出来なくて、男の自分には出来るのだ」と証明してしまいます。坊ちゃんは、それもまた嫌なのです。
女であったがために命を縮めた姉を否定などしたくないのに、男であるがために自分自身が否定の証明となってしまう。
姉に成り代わり滑稽な日々を過ごすのは、そんな答えの出ないジレンマを少しでも先延ばしにする時間稼ぎなのです。
いつかは背も伸び、声も低くなり、喉仏が出て体は骨張り、姉とは別の男という人間になってしまう。だからせめてその時が来るまでは、考えたくない問題に目を瞑るのです。
憐れなとある坊ちゃんの過去と今、退屈凌ぎにはなりましたでしょうか。此度の小話はこれにて終いでございます。
それでは改めまして、こんな彼と似て非なるもう一人の憐れな役者様をお待ちさせて頂きます。
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