ななしのあるじ 2018-03-02 08:10:39 |
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嫌いだ、人間は。
(暗闇が支配する室内でぽつりと落ちる呟き一つ、どこか嘆くようなそれは窓を叩く雨音にかき消された。数時間前に訪れた見事なまでの雷雨は、その時優雅に読書をしていた私の情緒を激しく乱した。こんな姿を同族が目にすれば、雷を怖がるなどと人間のようでみっともないと笑うのだろう。否、否、否! 私が怖がっているのは雷雨ではない。雷雨から思い起こされる記憶が何よりも煩わしいのだ。椅子の上にて膝を抱えて踞る、などという行為を衝動的にしてしまうくらいには。
もうあの出来事を覚えている者は同族でも数少ない。人間たちなどは歴史に埋もれた闇としてその存在を知ることもないだろう。遥かなる太古、吸血鬼と人間が融和の道を歩み始めた尊き時代、心を通わせ愛した人間の死と裏切りが私をいつまでも苛んでいる。黄金の髪をくしゃりとかきあげ、牙を剥き出しにし唸り声をあげてもなお静まらぬ怒り。我が妻を殺された憎しみ、妻を護れなかった悲しみ、私を置いて逝った妻への怒りと慟哭がこの胸の中で渦巻いていた。出来ることならば人間を一人残らず切り裂いてしまいたい。それでも我を忘れて怒りのままに動かぬのは、やはり妻との誓いが未だに私を縛っているからだ。人間と手を取り合い平和に生きていく───結ばれるその時誓ったこと。手を取り合うことは難しいが、関わらないことで平和を保ち心穏やかに暮らすことはできる。牙を剥けば取り返しがつかなくなるが、牙を剥かないよう自制もしている。あの誓いだけは壊したくないと、歯を食い縛れば雨音に混じって微かなノックの音。暗闇だろうと吸血鬼の瞳はよく見える……顔を上げれば許可も待たずに扉を開く従者の姿が紅の瞳に映って呆気に取られたのもつかの間、すぐに冷徹な光を瞳に宿すと椅子の上から足を降ろし)
とんだ従者だな。私は入室許可を出した覚えなどないのだが? ……それ以前に、雷雨の間はそばに来るなと教わらなかったか。命が要らんのか──私がその首、ねじ切ってくれようか?
(未だに続く雷雨が私の中にある殺意にも似た敵意を育んでいる。従者の目には何が映っているだろうか、こいつに気遣って普段通りの姿を見せてやるには落ち着く時間が足りなかった。椅子から立ち上がり長い足を運んで威圧するように従者の前に立ち、沸き上がる想いのままに冷たい声を浴びせれば、手を従者の首もとにやって)
(/過去人間に裏切られ妻を亡くし、今でもトラウマとして抱えて生きる吸血鬼さん。雷雨の日は(トラウマを刺激されて)凶暴になるお人。従者は吸血鬼、人間、男女どちらでも。スペース感謝です)
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