語り部 2018-02-23 12:30:36 |
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>正午
【全4章から成る、
おそらくは最初で最後の、
グリム兄弟が登場する御伽話】
*1*
──御伽の国は、グリム兄弟が築いた国。
かつて酷く貧しかった兄弟は、夜な夜な紡いだ物語を文字におこして本を編み、血の滲むような努力の末に『グリム童話』として出版。
たちまちのうちに、世界中で知られる童話の王様になりました。
グリム童話の生き生きとした物語には、子どもも大人も男も女も、皆が皆夢中でした。
それもそのはず。
物語の登場人物、御伽の国の国民たちは皆、本の中で本当に生きていたからです。
シンデレラの継母と白雪姫の継母は、娘たちに本当は優しく、お互いにも大の仲良し。
歳上のお姫様たちにぞっこんな兄ヘンゼルに、グレーテルはたいそうやきもき。そんな彼女を王子様たちは微笑ましそうに見守ります。
赤ずきんのおばあさんを食べる役の狼は、ブレーメンの音楽隊が開く晩餐会のお客様さま。
主人公も悪役も、貧民も王族も、人か動物かも関係ない。
御伽話を演じていない時の彼らは、グリム兄弟に生み出された同じ血の通う仲間として、それは仲よく暮らしていました。
*2*
──御伽の国は、グリム兄弟が築いた国。
だから、誰かが本を読んでいないとき、グリム兄弟自身がその中にひっそり現れるのだって、実は当たり前のことでした。
国民たちは兄弟を崇め、ふたりのために皆で建てた立派なお城をプレゼントしてやりました。
グリム兄弟は、たびたび現実の世界からこのお城にやって来ては、自分たちを一躍人気作家にしてくれた愛しい我が子たちのために、豪華なパーティーを開いたものです。
あんまりに楽しそうなので、時には外国の、千夜一夜物語やペロー童話の世界の国民たちですら、時々こっそり遊びに来るほどでした。
だれもが幸せでした。御伽の国に暮らすだれもが、創造主たるグリム兄弟を愛してやみませんでした。
だから、あの晩起こったことを、だれも予期できなかったのでしょう。
*3*
いつものように、御伽の国じゅうの国民たちが、グリム兄弟に招かれてお城のパーティーに集まりました。
御伽話の主演俳優たちだけでなく、小人や妖精、町民、村民、森の獣や神様たちまで。
とにかく、グリム童話に出演するありとあらゆる国民たちが全員招待されたので、大広間には入りきらず、パーティーは城の中庭で行うことになりました。
本の向こうの読者たちを楽しませる日々の苦労を互いにねぎらう、楽しい楽しい晩餐会でした。
たらふく食べて、心行くまでお喋りして………
その時です。
先ほどから姿の見えなかったグリム兄弟が、城の3階のバルコニーから不意に姿を現しました。
何やら奇妙な服に身を包んでいます。
御伽の国の民たちは、まったく見たことがなかったので、それが防護服だとわかる者はだれひとりいませんでした。
弟の方の顔は、少し青ざめているようです。
いつのまにあんなところに? 何の話を始めるのだろう。
無邪気にこちらを見上げる国民たちに対して、グリム兄弟の兄の方は、ひとこと、ふたこと、挨拶したあと、声も高らかに言いました。
「ここにいる皆を、心から誇りに思う。
御伽の国に栄光あれ!」
そして、何やら不気味なマスクを弟とともに付けると、大きな薔薇の花束を中庭に放り投げました。
ただの薔薇にしては、なんだかおかしな落ち方をする──
だれかがそう思ったほんの数瞬後、そこにはすさまじい爆音と、灼熱と、焼け付くような暴虐な光が、辺り一面に爆ぜていました。
『グリム童話』の世界観に、決してあるまじきもの。
花束に仕込まれていたそれは、大勢を傷つけ、痛めつけ、殺すためだけに造られた、超高威力の爆弾でした。
妖精も、魔女すらも、まったく異なる世界からもたらされたその脅威の殺人兵器に、逆らうことができませんでした。
花束が落ちたところにいちばん近かった者たちは、御伽話では決して描写できないような、見るも無残な有様になりました。
爆弾で砕け散ったテーブルや椅子は、巨大な空飛ぶ瓦礫になって国民たちを打ち砕きました。
いちばん遠い、城の壁に近かった者は、吹っ飛ばされた仲間の体に衝突された勢いで、壁に叩きつけられました。
仲間の体から飛び出した臓物や血に溺れて、息ができなくなったもの……手足がばらばらに吹っ飛んだり、あらぬ方向に折れ曲がったりして、逃げ惑うことも出来ずに瓦礫の下敷きになったもの。
たった1発の爆弾で、夢の場所だったグリムの城は、血と肉と骨に埋め尽くされた、阿鼻叫喚の真っ赤な地獄絵図に変わり果ててしまったのです。
……それでは、グリム兄弟は、かつて自分たちを貧困から救った国民たちを、皆殺しにしたのでしょうか?
違いました。
あれほどの不意の大爆発に巻き込まれながらも、生き残った者たちはわずかながらいたのです。
たまたま物陰にいて、または寸前に中庭から城の中に逃げ込んで、あるいは咄嗟に仲間に庇われて。
彼らも多少は怪我を負いましたが、どうにか命に別状はありませんでした。
ただ、奇襲があまりに突然すぎて何が起きたのかわかりませんでしたし、目の前に広がる焼け焦げた惨状は、彼らの理解を超えていました。
それでも、身を隠していたバルコニーから再びこちらを見下ろした、グリムの兄の冷酷なまなざしで、彼らははっきり知ったのです。
──御伽の国は、グリム兄弟が築いた国。
それなのに、他ならぬグリム兄弟が、
たったいま、自分たちを皆殺しにしようとしたということを。
*4*
創造主グリム兄弟が、何故あんなおぞましいことをしたのか。
そのわけもわからぬまま、生き残った者たちは、グリムの城から命からがら逃げ出しました。
ところが絶望的なことに、一夜のうちにして、御伽の国全体も変わり果てていたのです。
暗雲が垂れこめた空には巨大なドラゴンが旋回し、機関銃やチェーンソーを持った大小様々の骸骨たちが常に辺りをうろついている。
カラスの骸骨は常に逃亡者を探して飛び回り、見つけるや否や大声で鳴いて他の骸骨たちに知らせる。
『グリム童話』の世界観とはまるで異なる、世紀末めいたそれが、世界を覆い尽くしていました。
その惨状を目の当たりにしたのは、しかし御伽の国の国民たちだけではありません。
爆発があったグリムの城にこそいませんでしたが、はるばる遊びに来ていた外国の民たちが、城下町に滞在していたのです
彼らはペロー童話の世界や、千夜一夜物語の世界から来たお客様でした。
しかし、彼らはその夜だけ、たまたまいつもと違っていました。
御伽の国の友人のところに遊びに来たが、たまには創造主のグリム兄弟と彼らを、水入らずにしてやろう。
そう思って城下町に残ったために、彼らは爆発には巻き込まれずに済んだのです。
しかし、グリムの城で聞き慣れぬ爆音が轟いたと思った時には、御伽の国全体がおぞましく変わり始めていました。
そのために、たまたま訪ねていただけの彼らもまた、この国で起きている恐ろしい出来事の関係者になっていたのです。
そして、逃亡の生活をほんの数日送るあいだに、御伽の国の民たちと外国の民たちは、先ほどのドラゴンや骸骨たちがグリム兄弟の手先であり、自分たちを──そう、たまたま居合わせただけの外国の民たちですら──探し出して始末するよう命令されていることを知ってしまったのでした。
万一捕まればそれが最期。
骨の檻に入れられて骨の馬が引く馬車に引かれ、グリムの城に連れてこられると、密室に閉じ込められて、恐ろしい毒ガスに苦しみ悶えながら死ぬ羽目になるというのです。
──御伽の国は、グリム兄弟が築いた国。
逃げども、逃げども、グリム兄弟の魔の手は、生き残った者たちを、巻き込まれた外国の者たちを、永遠に追い続けることができるのは明らかです。
それでも尚逃げ続けるか、覚悟を決めて戦うか。
それか、或いは……グリムの弟がこっそり知らせた「ある方法」で、他者を犠牲に生き残るか。
彼らが選べる道はどれも、血にまみれたものでした。
かくして、生き残った御伽の国の民たちと、不幸にも巻き込まれた外国の民たちの、グリム兄弟に狙われ続ける絶望の日々が始まってしまったのです。
【御伽の国の怪物たち】
◆骸骨
最も数が多い敵。骸骨でありながら、骨を折ると血が噴き出す。
体を強打して骨をばらばらにすれば行動を止められるが、そのままでは火に焼かれようと自ら再構築し始めるので、完全に封じるには、骨を砕くか、紐で縛るかする必要がある。
ヒトの骸骨の数が最も多い。彼らの場合、本体には大した戦闘力はないものの、主にマシンガン、火炎放射器、ナイフ、サーベル、ピストル、チェーンソーなどの兵器を用い、戦車やバイク、果てはヘリコプターすら操縦する知能を持つ。
ヒトの骸骨の武器や乗り物は強奪することができる。
ヒトの骸骨は知能が高いため、御伽の国の国民たちを痛めつけて捕らえ、グリム城に連行して毒ガス部屋に放り込むという任務を理解しており、国民を殺すことはない。
ただし、他にも、ゾウの骸骨、サーベルタイガーの骸骨、トラの骸骨、サルの骸骨、ケルベロスの骸骨、ケンタウロスの骸骨、巨人の骸骨なども徘徊しているが、彼らは知能が低く、国民たちを問答無用で殺そうとする。
骸骨ガラスだけは別で、彼らは御伽の国を飛び回りながら逃亡者たちを探し、見つけたら大声で鳴いて他の骸骨たちに知らせるという役割を持つ。
それと同時に、グリムの弟が兄に秘密で考えたある伝言を、逃亡者たちにこっそり囁くということもある。
◆ドラゴン
言わずと知れたモンスター。吐息だけで樹を燃やし、一瞬の炎で10エーカーを焼き払うことができる。
さすがに希少種らしく、数は少ないが、1頭で戦車10台分の破壊力を誇る。戦車での集中砲火か魔法を使わない限り、撃退することはできない。
脳が小さいためか、御伽話の国民たちをターゲットとして認識しているわけではなく、敵味方問わず攻撃する。このため、うまくやればドラゴンをなだめられる可能性も存在する。
【御伽の国の地理詳細】
◆グリムの城 / グリム城
御伽の国の中心の丘に建つ、石造りの白い城。かつて、御伽の国の国民たちがグリム兄弟に贈ったもの。今やグリム兄弟と怪物たちの根城と化した。
城の上には常に雷雲が浮かび、周辺には黒いイバラが砦のように生い茂る。中庭には無数の爆殺死体が無残に散らばっているという。
ヒトの骸骨に捕まると、最終的にはこの城に連れてこられ、ガス室の刑になる。
◆城下町
グリムの城のふもとにある、中世ヨーロッパ風の街並み。御伽の国の城下町の中で最大の規模を誇る。
しかし今は、骸骨たちが徘徊する廃墟空間となっている。
『死神の名付け親』の舞台地。13番目の息子の医院はここにある。
◆小人の森
城下町の西と南に広がる森。さらに奥には海があり、まばらながら漁村が存在する。外国の民たちは、ここにある港まで船に乗ってやって来る。
妖精や悪魔などは主にこちらに生息しているほか、各地にそれぞれの御伽話で登場する王国が存在し、各々が小規模な城下町を抱えていた。
『白雪姫』『シンデレラ』『ヘンゼルとグレーテル』はこちらが舞台。小人の家、シンデレラ城、お菓子の家はここにある。
◆眠りの森
城下町の北と東に広がる森。さらに奥には山があり、まばらながら山村が存在する。
こちらは、現実にもいる動植物が多く生息しているほか、各地にそれぞれの御伽話で登場する王国が存在し、各々が小規模な城下町を抱えていた。
『赤ずきん』『青髭』はこちらが舞台。赤ずきんのおばあさんの家、青髭の屋敷はここにある。
【グリムの弟による悪魔の囁き】
兄とは違い、弟は、国民たちを問答無用で皆殺しにすることに罪悪感があるようだ。
そこで、逃亡者の捜索を担う骸骨ガラスに伝令を吹き込み、こっそり知らせて回らせた。
「おまえたちの仲間──自分自身と同じ『逃亡者』を捕らえ、その首を俺のところまで持ってくるか、そいつを『ガス室』に送ったならば。
おまえか、おまえの大切な人も、兄には内緒で助けてやる」
要は、こちらに寝返るのなら見逃してやろうということだ。
骸骨ガラスは、立場によって敵にも味方にもなる存在。
常に御伽の国を飛び回り、見つかればサイレンの如くけたたましく鳴いて他の骸骨を引き寄せる一方、万一逃亡者が弟の側につくならば、それを骸骨語で鳴いて知らせ、他の骸骨たちに襲わせないよう指令することもできる。
骸骨ガラスは、弟の手下。骸骨ガラスを味方につけるなら、それはグリムの弟に常に監視されているも同然だ。
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