⦿ 2018-02-04 01:00:11 |
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( 自身の悪い癖でもある軽口が彼女の気分を害してしまうのではないかと内心ひやひやしたが、如何やらそれは杞憂に済んだらしい。隣を盗み見れば車窓から外を眺める彼女はやがてその美しい瞳を世界から閉じた様。きっと今頃瞼の裏にはパリの華やかな街並みが思い浮かべられているのだろう。何年、いや何十年先か知れないが、いつかこの戦争が終わり平和な時代が訪れたなら、必ず自分がこの愛しい人を海の向こうのあの国へ連れていってあげよう。シャネルのドレスを纏った彼女と最上のワインで乾杯して、夜のエトワール広場でワルツを踊り、街が眠りについた頃にエッフェル塔の展望台へ登るのだ──否、自分ならばエッフェル塔よりも、世界一高いニューヨークの高層ビルよりもずっと高い場所へ彼女を連れていってあげられる。ジャック・ヒルトンの“Me And Jane In A Plane”のように、飛行機で雲の上にのぼれば月光に照らされて世界に二人きり、誰に邪魔されることもない。そっちの方がずっとロマンチックかもしれない。隣で相手が抱える想いなど露知らず、単純な頭は能天気にも甘い甘い夢想を描き、しかしこれ以上軽口を叩いては本当に嫌われてしまうかもしれないので、こればかりは胸の内にそっと秘めておく。渋滞を避けるために選んだ舗装の行き届いていない小道はやがて大通りへと吸い込まれたが、朝の爆撃から大分時間が経っていることもあり道は然程混み合ってはいない様子。外の景色を眺めるのにも愈々飽きたのか、隣からダッシュボードの方へ伸ばされたその手は何か音楽を求めているらしい。左手でハンドルを操作したまま右手でカーラジオの前に彷徨う細い指を掬い取り、それをそのまま機器から丸く張り出したダイヤルの上に掛けさせて )
ここを回せば局を変えられる。君のチョイスに任せるよ。最新のラジオだから音が良いんだ。
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