春兎 2017-04-16 23:22:19 |
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この世界の食べ物や飲み物は、甘味も苦味も、辛味も、母星の物と比べて随分と薄く、ぼんやりしている。
唯一まともに喉を通るものと言えば、この青汁という健康ドリンク。鮮やかな緑色、喉に張り付くような粘度、何よりこのしっかりと主張してくる苦味が、いかにも体に染み渡っているようで好ましい。
ただ難点は、あまり飲み過ぎると腹を壊す。だから、一日一杯、憂鬱な朝に飲むと決めている。
「博士、今日はどこへ赴きますか?」
「そうだねぇ……。この間はスーパーの従業員だったから、今日は公園に来ている親子でも攻めてみようか」
この星の人間は、味と一緒で全てが薄い。生ぬるい。人を思いやるなんて甚だ可笑しな話だ。私は、そんな生ぬるい感情を消滅させるために、日々、自らの足で観察と研究を重ねている。
先日行ったスーパーなどゾッとした。やれ試食だと言って毒物でも入っているかも分からない食べ物を押し付けてくるし、頼んでもいない買い物袋を一枚余計にカゴへ入れてくるし。以前、助手に無理やり作らされたポイントカードを家へ置いてきたと言ったら、次に加算されるようにしてくる始末だ。
あまりに酷い惨状を思い返して溜息を吐いてから、助手と共に近所の公園へ向かう。
あそこは通りかかる度にうるさくて、中で騒ぐ子どもや親は、まるで全員が知り合いかのように振る舞っていた。互いに持ってきた菓子を分け合い、玩具を共有する。全く以て生ぬるい。
「着きましたよ、博士。何をするんですか?」
「研究の第一歩は対象の観察から。あそこのベンチに座って、周囲の行動をしっかりと観ていましょう」
中途半端な太陽の光と、擽ったくなるような柔らかい風が極めて不愉快だったが、手頃なベンチに二人並んで腰掛けると、更に不愉快な事が起きた。
「おじちゃん! ボール投げて!」
足元へ転がってきたゴム製のボールの持ち主は、少し離れた位置からこちらへ手を振ってきた。
おじちゃん、と呼ばれた事も非常に腹立たしいが、人に気安くものを頼む態度が生ぬるくてなお気に入らない。しかし、駄々を捏ねられて下手に目立つ方が問題なので、仕方なくそれを手に取った。
「ちゃんと取るんだよー!」
上手く取れなくて泣かれても鬱陶しいからな。ひとつ忠告をすると、ちょうど子どものそばへ行くようにボールを放り投げる。
「すみません、うちの子がワガママ言って」
満足げな表情で受け取った子どもを睨み付けていると、ふいに隣から声を掛けられた。
見ると、先程の子どもに手を振っていたので、きっと彼奴の母親なのだろう。
「いえ、構わないですよ」
人間の方から声をかけてくるのは都合が良かった。このままコイツらの生ぬるい思いやりとやらの裏に隠された感情を調べてやろう。
「これ、よかったら。子どものおやつに、と思ったんですけど、たくさん作りすぎちゃって」
女の手に広げられたハンカチのような布の上には、兎やら熊やらの形をしたクッキーが並んでいた。スーパーの店員と言い、この星の人間は食い物を与えるのが好きらしい。
だが、いつ誰に毒を盛られるとも分からないこの星で、そう易々と食べ物を口に出来るわけがない。
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