贄の子 2016-11-11 23:13:29 |
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[ 噺 ]
そこは、とりわけ何もない普通の村。一つ他の村と違うことを挙げるのならば、山の奥の神社に祀られるている大層力を持った妖狐様が、村の守り神であることだった。
いくら守り神といえども、神様と妖しは紙一重。妖狐の機嫌を損ねれば最後、村は一晩で消えてしまうだろう。村の人々の間では妖狐とは敬うべき存在であり、恐ろしい存在でもあった。
滅多なことがない限り、神社へ立ち入ることは許されず、子供が悪さをすれば、妖狐様に殺されちまうよ、と母は言い、その度に子は大人しくなるのだった。
妖狐の機嫌を損ねないために、年に一度村では生贄を差し出すことになっていた。村の子供を差し出す代わりに、妖狐にその一年の村の平和を願うのだ。
今年、妖狐に差し出す生贄に選ばれたのは、十七、一八ほどの少年だった。だが、その瞳は他の子のように黒くなく鮮やかな緑色をしていた。
長い長い儀式を終えて、神社に一人残される少年。空が暗くなる頃に現れたのは、白狐。
白狐、否妖狐は少年を見つめ、一瞬悲しさを帯びた表情を浮かべ、逃げろと告げた。
妖狐は、人間を嫌ってはいたものの、冷酷にはなりきれなかった。
そもそも妖狐は、人の子の命を好みはしない。生贄など意味がなかったのだ。儀式は異色の瞳を持つ少年のようなものを村から追い出すための口実でしかなかったのだ。
今までも、贄にされた人間は全て逃がした。だから、お前も逃げろと再度告げる妖狐。しかし、真実を知った少年に、帰る場所はもう無い。
「なぁ、俺をここに置いてくれよ。お前の邪魔はしない」
「――ここには何もない。それでもいいのならば、居座ればいい」
これほど不思議なことが他にあるものか。
人間と、妖しの奇妙な生活が始まった――。
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