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都々  2016-06-18 21:21:15 
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⊿ 也放浪者 / 独り言 / ロル練 / pf作成 / 設定案メモ / 乱入歓迎 etc.




    

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  • No.570 by 都々  2017-11-03 21:08:51 





 僕には奇妙な同居人がいる。名前は笹野千尋。5年前、僕が住んでいるアパート裏の池で酒に酔った男に襲われ、冷たい水の中から見つかった女性だ。当時遠方に住んでいた僕には何の関係性もなく、事件があったことすら彼女から直接聞くまでは知りもしなかった。

 彼女と出会ったのはアパートに住み始めて一週間が経つ頃。朝目が覚めた時、彼女は何故か僕の布団で寝ていて、布団の上で眠った筈の僕は床に寝っ転がっていた。あの時の衝撃を僕は生涯忘れられないだろう。僕は彼女に触れられたし、彼女の体は浮いているなんてことはなくきちんと足もあった。だから僕以外の誰にもその姿が見えていないと知るまで、とても信じられなかったのだ。彼女が既に死んでいる、だなんて。


 彼女はそこらへんにいる世の男たちよりもよっぽど豪快な女性で、幽霊だというのに恨みも妬みも持っていないような人種に見えた。彼女が生きている間に僕と出会っていたとしても、きっと深く関わることはなかっただろう。生きる世界が違う明るいクラスメイトやテレビの中のアイドルのような、そんな距離感を嫌でも感じさせられた。
 彼女は度々どこかへ出かけているようだった。僕はそれについて触れることはしなかったし、彼女も必要以上に踏み込んでくるようなことはしなかった。僕の両親が僕を捨てたということを酒の勢いで話してしまった時も彼女は「そっか」と一言告げただけで、そこには同情はおろか驚きすらもなかった。何故だか僕は涙腺が緩んでしまって、涙を流さないようにと何時もならば絶対にしない一気飲みをしたのを覚えている。
 そんな僕等だったが、いつからか朝ご飯だけは一緒に食べることが日課になっていた。彼女は幽霊だというのに恐ろしい程の大食いで、食費はかさんだがその為に金を使うことを嫌だとは感じなかった。誰かと食べる食事は美味しいとよく言うが、僕にとってそれは夢の延長線上にある時間のようで食べた感覚があまり残っていない。それでも僕の食生活がいくらかまともになったのは、栄養バランスがどうとか野菜が少なすぎるだとか、そんなことを口うるさく言ってくれる存在ができたからだろう。母親がいたらこんな風だったのだろうかと、時々そう思った。


 その日は何の前触れもなくやってきた。何時もより早く目が覚めてしまった僕は、何となく5年前彼女が沈んだ池へ足を運んだ。何故行こうと思ったのかはわからない。ここへ来たのはそれが始めてのことだった。
 冬が間近に迫った早朝の池は静かに朝日を受け止めていて、僕が吐いた息はそこの空気だけを真っ白に染め上げながら流れていった。じゃり、と土を踏む音がする。隣に立つ彼女は確かに呼吸をしているのに、息が白くなるのは僕だけで、それがたまらなく悲しくなった。

「どうして死んでしまったのが君で、生き続けてるのが僕なんだろう」

 彼女と出会ってからいつも頭の片隅に浮かんでいた言葉だった。彼女は明るくて強くて、僕にはない優しさを当たり前のように他人に与えられる人だ。人と関わることすら怖くて、予防線を張るみたいに壁を作ってしまう僕とは正反対の場所にいる人だ。彼女が笑っている方が、きっと沢山の人のためになるのに。吐き出された声は想像以上に水分を含んでいて、ああ僕は泣きそうなのだとその時気づいた。

「私もね、何度も思ったよ」

 静かな彼女の声は、少しだけ震えていた。けれどそれを隠すように彼女は目一杯笑って息を吸い込む。

「どうして私なんだろう、私じゃなくても良かったんじゃないかって」

 彼女の指が僕の頬に触れた。触れられるのに、彼女はどうしようもなく死んでいる。少し雑な動作で涙を拭われ、そんなところも彼女らしいと思った。

「そりゃあ、後悔はあるよ。未練だって。‥でもね、君の代わりに生きたいとは思わないよ。君には生きててほしいもの」


「君と一緒に、生きたかったなあ」


 僕だって、君と一緒に生きたかった。そう告げた瞬間、鼻を啜る音は僕のものだけになった。堪えようとした涙を堪え切れずぼろぼろに泣いていた彼女は、もうそこにはいない。
 本当はとっくに知っていたのだ、それを言えば彼女が消えることを。彼女が欲しかった言葉と僕が求めていた言葉は同じだと、気付いていたから。
 生きる世界が違う明るいクラスメイトやテレビの中のアイドルのような彼女でさえ、必死に痛みと戦っていたことを僕は知っていた。何度もひっそりと泣いていたこと、生前関わっていた人たちが心配で何度も様子を見に行っていたこと。そんな彼等から少しずつ忘れられていくことに、本当は耐えられなかったことも。


 太陽の光が温かみを帯びてくる。時折頬を撫でる風はやはり冷たかったが、僕は少し雑な手付きで涙の後を拭って鼻をすすった。
 帰って朝ご飯を食べよう。彼女が育てていたサボテンに水をやって、彼女が信じ切っていた朝の占いを見て外に出よう。相変わらず人と関われる気はしなかったし、壁を作らない自信もない。けれどほんの少しだけ、顔を上げて歩ける気がした。
 


     

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