どこかの匿名さん 2016-01-01 22:52:10 |
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それは何てことない、代わり映えしない一日だった。
いつものように帰宅し、風呂に入り、遅い夕食を取り、寝る前に一杯の紅茶を飲んだ。唯一いつもと違うのは、紅茶に数滴の“とっておき”を混ぜたことだろうか。
特別なことをするからといって、特別を演出することは嫌だった。それは胸の奥底にしまい込んだはずの恐怖が蘇るのを恐れているのかも知れない。
とにかく今、自分にできることはベッドに入って眠りにつくことだ。
永い永い、安らかな眠りに。
* * *
同時刻、闇に溶け込んで黒尽くめの男が建物から彼女の様子を窺っていた。
あまりにも彼女が淡々としていて、男は思わず手元の書類に疑念すら抱くところだった。
しかし、その疑念も杞憂に終わった。彼女の運命は書類の示した通りになった。
彼女は湯気の立つカップへ、人間界で猛毒とされている液体を数滴垂らしていく。それはまるで、とっておきのスパイスでも入れるかのように。
それからベッドに入って瞼を閉じた。しばらくは掛け布団が上下に動いていたが、ある時を境にぴたりと動かなくなった。書類に記載された通りの時刻だった。
「まったく……」
人が事切れる瞬間を見ても男は眉一つ動かさない。ただ、仕事が無駄に増えた自分の不運を呪うように溜息を吐き、人間離れした跳躍力で隣の建物へと飛び退った。
これから長く退屈な映画を観なければならない。一人の少女の悲劇の物語を。
#「キセキ」
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