土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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新幹線の車窓の景色は流れるようだ。前夜の不行状が祟り、うとうととしてしまった。僕は、気がつくと隣の冷泉に寄りかかっていた。そのことに気がついたのは、耳元でぽつんとささやかれた言葉が聞こえたからだ。
「天馬先輩、ゆうべは本当に、私に何もしなかったですか」
僕は思わず身体を起こして冷泉を見る。
ツイン・シニョンの冷泉深雪は、生真面目な目で凝視していた。
何と答えればいいのだろう。ちょっと迷ったけれど、思い切って顔を上げた。
「正直に言う。実はちょっとだけ、した」
え?と目を丸くする冷泉深雪に、僕は一気に言う。
「酔い潰れたお前をベッドに運んだとき、はずみでキスした。でもそれだけだ」
冷泉深雪は目を見開いたまま、僕を見つめた。固まった空気が重く、息苦しい。
やがて冷泉深雪は、ぽつんと言った。
「はずみで、なんてひどいです」
それきり黙ってしまった冷泉の整った横顔を横目で見ながら、これなら悪し様に罵られた方がはるかにマシに思えた。しかも最悪なことに、その時僕は、心の中で冷泉に対し更なる裏切り、大いなる不実な行動を考えていた。
要するにその時の僕は最低のヤツだったわけだ。
それは今も、変わっていないんだけど。
海堂尊『輝天炎上』10章 浪速市監察医務院・鳥羽欽一院長 本文 天馬大吉 冷泉深雪 より
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