土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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高階病院長は、俺を見た。
「田口先生はこれまで、私にこき使われることを辛く思っていらっしゃる節が見受けられましたが、他人に丸投げしての我慢というのも、なかなかキツいものなんです。そのあたりのことを身を以て体験していただくには、ちょうどいい機会なんです。田口先生には、シンポジウムでは神輿(みこし)になっていただきます。神輿はかつがれるもので、自分の意思ではどこへも行けません。その歯痒さ、もどかしさを思えば、私にこき使われていた時の方がまだ幸せだったと気づくでしょう」
俺はその時、ひとり高みに立たざるをえない高階病院長の孤独を感じ取った。だからといって高階病院長の言葉は俺にとっては釈然としない。俺がそんな体験をしなければならない必然性など、どこにもないのではないだろうか。
海堂尊『ケルベロスの肖像』3章 ファンキー・ヒロイン 本文 田口公平 高階権太 より
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