土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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渡辺金之助さんを見送ると、兵藤クンは詰るような目で俺を見た。
「ひどいじゃないですか、田口先生。この僕まで欺すなんて」
「敵を欺くにはまず味方から、さ。それにさっきのは本音だぜ。まさかお前が病院に片栗粉のプラシボがあるなんてヨタ話を信じるなんて、思いもしなかったよ」
これにはさすがの兵藤クンも、ぐうの音も出なかった。
「すべて丸く収まったし、僕を味方だと思ってくれているのもわかったから文句はないんですけど、なぜか胸がもやもやするんだよなあ」
ぶつぶつ呟きながら、兵藤クンは部屋を出て行った。
藤原さんが新しい珈琲を出してくれた。
「お見事でしたわ、田口先生。老獪(ろうかい)さに一段と磨きがかかってきましたね」
素直に喜べない褒め言葉に、俺は小さく「どうも」と頭を下げるしかなかった。
それは小さな誤解の集積だ。俺は患者にウソはつかない。欺したのは兵藤クンだけ。それだって仲間ウチのジョークで済む範囲だ。なのにどうして、そんな俺は誤解されてしまえのだろう。
海堂尊『ケルベロスの肖像』20章 プラシボの結末 本文 田口公平 兵藤勉 藤原真琴 より
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