土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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自衛官が指ささた東の空に、きらりと輝点が見えた。その点はみるみる膨張し、ふとっちょでずんぐりむっくりの機体に変わっていく。遅れて轟音が響いてくる。
「マイボス、アントノフのウクライナ語の愛称、ムリーヤの意味を知ってますか?」
東堂の問いに、俺は当然、首を横に振る。すると東堂は言う。
「ムリーヤの意味は“夢”。そして“希望”なんですよ」
俺は震えた。思い返せばそれは、自分が見えない枠組みに押し込められ、身動きが取れずに窒息させられていくことへの恐怖と畏怖のせいだったような気がする。
(略)
午前十一時、大牧空港発。午後三時、桜宮岬Aiセンター着。
時折、沿道を通りかかった自転車に乗ったガキ共が、俺の勇姿を追跡したりするのが、煩わしくも誇らしい。そんな少年たちもいつの日か、幼い頃に立派な士官の戦車パレードを見たことがある、と自分の子どもに話して聞かせる日がくるのだろうか。
それは大いなる誤解だぞ、と自転車追跡隊の隊長と思しき少年に告白したくなる。こうして少年たちは無数の誤解を胸に秘めながら大人になっていくものなのだ。
海堂尊『ケルベロスの肖像』17章 戦車隊司令官 本文 東堂文昭 より
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