2014-12-12 22:10:10 |
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画面の向こうに「人間がいる」ってことを忘れているつもりはありません。
でも、俺がこの場で話す相手はあくまで「人間である誰かが作ったHN」なんです。
HNの使用者である「人間」は、俺にとっては「非現実(HN)の提供者」なんですよね。提供者の方が、提供して下さった「非現実」こそ、俺が楽しもうとしているものです。
その「非現実」は例えば、誰かの思想だったり、誰かの日常だったりするわけですが、その思想を提供者の方が本当に信奉しているかや、その日常を提供者の方が本当に送っているのかは、大きな問題ではないんです。
「~だったらいいなあ」「本当かなあ」等と、時にはそんなことを考えながら、俺は自分が楽しめるように会話をしますよ…(笑)
腹話術だって、術師の演技が下手だと「ばればれじゃん」「口開いてるじゃん」って観客席から野次が飛びますでしょうが、
演技の上手い術師相手だと、皆、そこで演出される世界を「現実を忘れて」一緒に楽しもうとすると思います。俺のチャットに対する感覚は、この観客の感覚と似ているのではないかと思います。術師に対する愛着が生じる場合もありますでしょうが、それもあくまで「自分が楽しめる非現実を提供してくれる人」としての愛着で、純粋な人間愛とは少々、向きの異なる気持ちだと思います。
基本的に「HN」も「名乗る人間」がいないと成り立たないものなので、その点においては、俺も「誰か(人間)との関わり」を求めて来ている節もあるはずですが、それもあくまで「HNを介した」ものなんですよね。
俺の主観において、この空間は、生身の人間を実感するためには薄過ぎる気がするんです…。
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