土佐人 2014-11-24 06:43:24 |
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どさくさに紛れて、俺は過去の負債を清算することにした。
「これでようやく学生時代の借金を帳消しにできます」
「何のことですか」
卒業試験の口答試問での出来事を話す。高階病院長は視線を窓の外にさまよわせていたが、記憶の小部屋にたどりついたのだろう、しばらくしてから、にっと笑う。
「まだそんな昔のことを気に病んでいらしたのですか。あの時私が、先生を合格させたことを恩に着る必要なんか、全然ないのですよ」
「でも恩情だったのでしょう?」
「とんでもない。あの時私は、たかが外科の知識が少々足りないくらいで、こういう素直でアホな男を医者にするのを一年遅らせるのはもったいない、と思っただけです。考えてみて下さい。試験に合格した結果、先生に何かいいことありましたか?一年余計に大学病院の雑務に埋もれることになっただけです。なのに、私は君に長く感謝される、大学も助かった。田口先生はそこそこの医者になって世の中の幸せを少し増やしている。私の裁量ひとつで誰も損はしてないし、みんなハッピーじゃないですか」
ハンマーでガツンとやられた気がした。俺は一体何を見て、何を考えてきたのだろうか。白鳥のセリフがよぎる。
----もっと自分の頭で考えなよ。先入観を取り除いてさ……。
今ようやく俺は、卒業試験を終えたのだ。でもたぶん、俺は一生この人に頭が上がらない。
海堂尊『チーム・バチスタの栄光』第三章 ホログラフ 幻想の城 本文 田口公平、高階権太病院長
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