土佐人 2014-11-24 06:43:24 |
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こいつは少年の皮を被った化け物だ、と薫は思った。そして、この少年の魂を救う方法を思いついた。
手塚守の心の中に巣くう魔物を調伏するには、より強力な魔物の力を借りるしかない。薫は少年を東京拘置所に連れてきた。
「どこへ行くつもりだよ」
「待ってろ、おまえの未来を見せてやるから」
「ぼくは刑事罰を受けないよ、帰ってもいいだろ」
小さな化け物の抗議を、薫は無視した。面会室に入り、呼吸を整える。そして、未結囚が現れるのを待った。
ガラスの向こうの小部屋のドアが開き、薫の親友が姿を現わした。
浅倉禄郎----東京地検の元検事にして、連続婦女殺人事件の犯人。平成の切り裂きジャックの異名を持つ、稀代の殺人鬼である。
浅倉は少年時代に母親が身体を売る場面を目撃し、それがトラウマとなって、売春婦を許せなくなった男だった。実の母親を手にかけて以来、売春に手を染める女性を見ると殺さずに済まなくなった。彼もまた、心に大きな闇を抱えた化け物だった。
悠然と面会室に入ってきた化け物が、己と同種の臭いを嗅ぎつけた。くわっと目を見開き、守を凝視した。守が身を小刻みに震わせる。
「わかるよ。きみもなにか悪いことをしたんだね。ぼくもね、子どもの頃、人を殺したんだ。母親を殺したんだ。完全犯罪だった。誰にも見つからなかったよ。きみと同じように頭がよかったからね。だけど、いまはこのとおりだ」
ガラスの向こうの浅倉が、両手首をつなぐ鎖をじゃらりと鳴らす。守はごくりと唾を飲み込んだ。
「こんなものなかったら、きみと握手でも交わしたいところだよ。ぼくときみは仲間だからね」
浅倉な片頬に冷酷な笑みが浮かぶ。それを見た守が、大声を出した。
「仲間なんかじゃない!」
「きみが来るのを待ってるよ。むろん、その頃ぼくはもうこの世にいないだろう。でも、待ってるよ。きみはいずれここへ来るから」
「来るもんか!」
「来るね」
「来ない!」
浅倉の目が大きく開いた。瞳の奥に闇が広がり、手招きしている魔物の姿が見えた気がした。
「いまのきみなら、絶対、来る!楽しみにしてるよ」
凄みのある冷笑を残し、化け物は看守によって連れ去られた。
「嫌だ、嫌だあ!」
恐怖に怯えた守が泣き叫んだ。
少年の心から魔物が落ちたのが、薫にはわかった。
「いまなら、まだ間に合う。お前は十分引き返せる。おまえ次第だ」
守は涙をぼろぼろ流しながら、薫の顔を見上げた。
拘置所の廊下の様子に、右京と恭子が並んで座っていた。
「あの子が、わたしのために人を殺すなんて……」
思いつめた顔をして恭子がつぶやいた。
「あなたが教師で幸いでした」と、右京。「人を導く術をいろいろご存じでしょうから。あなたなら、彼を正しい未来へと導いてやれる気がします」
面会室のドアが開いて、薫と守が出てきた。守が泣きじゃくりながら、恭子の胸に飛び込んできた。
ドラマ『相棒』season1 第九話 「小さな目撃者」 杉下右京 亀山薫 浅倉禄郎 手塚守 前原恭子 より
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