土佐人 2014-11-24 06:43:24 |
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-----どうしてあなたはこの街を去るのですか、賢人よ。
街人よ。私はこのまちにうみ疲れたからだ。
-----なぜお疲れになってしまったのですか。
この街の人々は、私の知によって利を得ている時はその恩を語らず、私の間違いにより害を得た時は声高く責め立てるからだ。
----賢人よ。その声に応えることは、優れているあなたの責務ではないのですか。
賢人は街人を見て、微笑む。
街人よ。あなたから見ればその通りであろう。だが、あなたに従えば、この街で私は滅びる。私が滅びたら、その時は世界も滅びる。だから私がこの街を去ることは、この世界のためなのだ。
私がこの街を去れば、私は自分の身を守ることができる。
----生まれ育ったこの街を、私利私欲のために捨てるとおっしゃるのですか。
違う。この街を去れば、私を大切にしてくれる新しい街で、生き永らえるであろう。そうすれば、私は別の街でこの世界の一部を救い続けることができる。それは世界のためであり、そのためには、たとえこの街が滅びようと仕方がない。
その言葉を聞いて、街人は賢人に跪(ひざまず)く。
----賢人よ。どうか今一度、私たちに希望をください。
賢人は目を閉じ、考え込む。やがて厳かに言う。
街人よ。ならば一夜の猶予を与えよう。明朝までにこの街の家の窓という窓すべてに、ミモザの花をいっぱいに咲かせてほしい。その光景を見たら思い直してもよい。
----季節はずれの花で、この街をいっぱいにしろなどと、そんな無理を言うなんて、この街に留まるつもりがないから、意地悪をおっしゃるのですね。
そうではない。これは、街人が私に求め続けたことと同じことを、最後に私の方から街人にお願いしてみただけのことなのだ。
翌朝、街人は、賢人がその街を去っていくのを、黙って見送るしかなかった。
海堂尊『イノセント・ゲリラの祝祭』序章 賢人と街人 本文 より
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