土佐人 2014-11-24 06:43:24 |
通報 |
前薗の拳が、膝の袴を握りしめ、小刻みに震える。やがて、顔を上げる。
「何でろくに練習していない先生に、俺たちがこてんぱんに負けるんだ」
高階顧問は答える。
「前薗君、君は思い違いをしている。社会という大海原から見れば、剣道の稽古なんて小さな水たまりのできごとにすぎない。その闘いは、人生のひとかけら。君が私に勝てない理由は簡単さ。私は毎日、手術室という命を削る闘いの場に身を置いている。メスという刃は竹刀より小さいが、その下で繰り広げられる世界は、一歩間違えば相手の命を奪う真剣勝負。剣道場で行われる勝負より厳しい。そこで毎日メスを振るっていれば、剣筋はおのずと磨かれる」
高階顧問は窓から外を見やって、ぽつりと言う。
「まだまだ、青二才には負けません」
速水は、顔を上げる。高階顧問と視線がぶつかる。
その瞬間速水は思った。ああ、俺は外科医になろう、と。
海堂尊『ひかりの剣』第五章「剣心一如」本文 より
トピック検索 |