鈴仙・優曇華院・イナバ 2013-01-29 21:02:17 |
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このあたりが、人と妖の差と見える。基本、自由奔放なところは香霖堂に訪れる者たちと大差ないのであるが。
にとりは解説する。
「私がここに来たのは、純粋な好奇心からだよ。河童は全ての好奇心を歓迎する、たぁ彼の幻想郷縁起にも書かれなかったことであるけれども」
「確かにね。目撃できなかったものは書かれない、至極当然のことだと思うよ」
「恥ずかしがりやさんだからねえ、河童」
「自分で言うことじゃないと思うよ」
「まあ別にいいじゃないですか」
「まあ別にどうでもいいけど」
どうでもいいらしい。
にとりが恥ずかしがりやであることは霖之助も邂逅の瞬間に理解していたから、それに関してあれこれ追究する気にはなれなかった。
突かれると痛いし。
「時に、旦那」
「何でしょう」
「何か、面白そうな物はございませんか」
丁寧に、しかし大仰な口調で質問する。
ずいと身を乗り出してくる亀甲縛りぽいにとりを直視するのはどこか背徳的な趣を秘めていたが、当人はお洒落のつもりなのだろうから無粋な劣情を抱くこともあるまいと霖之助は考えた。
「面白そうな物と言われても、一概には言えないが」
「あ、これなんか面白そう」
髭のない顎を撫でる霖之助から、銀縁の眼鏡を拝借するにとり。
くらりと揺れる視界に翻弄され、霖之助はにとりの暴挙を止めることができなかった。
「ふむ……意外としっかりした作りになってるのね……」
「君ね……」
辛うじて出た言葉も、解体作業によるネジ回しの音に遮られた。
河童の手の中で徐々に分解される眼鏡、真剣な眼差しでぶつぶつ独り言を呟きながら作業を続けるにとり、そして出来ることもないから頬杖を突いて事の成り行きを見守るしかない霖之助。
下手をすれば、店内にある品物にも手を出されるかもしれない。魔理沙、霊夢の被害と単純に比較することはできないが、営業妨害になることは確かだ。それ以前にこの店が賑わっているかどうか、それを判断する能力は霖之助にはない。
「最小限の装備で最大限の効果を……あぁでも、鼻や耳が痒くなるなあ。それも素材によるのかしら」
「そろそろいいかい」
「こんな薄暗いところで本ばっか読んでるから目が悪くなるのよね……自業自得だわ……キュウリ食べればいいのに」
「間に合ってるよ」
バラバラになった眼鏡を前に感想を垂れ流していたにとりは、思い出したかのように眼鏡を組み立て始めた。これまた解体と同じように鮮やかな手並みで、独り言を漏らすことも忘れない。
独りの生活が長いのだろうか。
「よし! できた!」
「返してもらうよ」
「あぁっ!」
会心の笑みを浮かべるのと同時、霖之助は帳場の上から眼鏡をひったくる。にとりは残念そうに眉を寄せていた。
「元通りになったから良いものの……元に戻らなかったら、弁償ものだったよ。以後、軽率な真似は控えるように」
「元通りに出来るから分解するのよ、元に戻らないと知っている物をバラしたりはしないわ」
「しないのか」
「まあ、初めて見る物は、興奮のあまり知らぬ間に分解してたこともあるけど」
霖之助は立ち上がり、何故か誇らしげな態度を崩さないにとりを強引に立ち上がらせる。
甲羅かばんに何が入っているのか、見た目以上ににとりは重かった。がしゃこんと物々しい音がするのも気になる。
「え、なに? 河童軟禁して河童の里でも作るの?」
「僕は、自分の店を危機に晒すような真似をするほど好奇心旺盛じゃなくてね」
「え、え?」
動揺するにとりの背中をぐいぐい押し、ついに開け放たれた扉の向こうにぺいっと押し出す。
抵抗した様子もないところから察するに、香霖堂そのものに重要な用件があったというわけでもないのだろう。
霖之助は安堵した。
「もうちょっと、解体癖を自制できるようになってから来店してくれ。眼鏡がないと満足に生活できない、僕のような者も少なからずいるからね」
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