鈴仙・優曇華院・イナバ 2013-01-29 21:02:17 |
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勘定台越しに向かい合い、腰掛けるのは香霖堂店主の森近霖之助と、彼の寝首を掻いたとされる河童の河城にとりである。にとりは照れくさそうにはにかみながら後頭部を掻き、霖之助はむすっとした仏頂面を晒しながら腕組みしている。口の端を流れていた血河の痕跡が痛々しい。
「いやあ、面目ない。私としたことが、不測の事態に対応しきれなくて」
「にしては、的確に突かれたけど。急所」
「キュウリ食べます?」
「間に合ってるよ」
友好の証にと細長い緑のこりこりいぼいぼした野菜を差し出すも、にべもなく断られる。
おいしいのに、キュウリ。
「客に暴行を加えられたのは一度や二度じゃないが……流石に、キュウリで突かれたのは初めてだよ」
折れなかったしねキュウリ。
「あ、次回は何がいいでしょ?」
「そうだね……突かれなければ何でもいいかな……」
霖之助は疲れているようであった。
にとりはしゅんとした。
「あぁいや、特に責める気はないんだ。ただ次からは気を付けて欲しいと」
「あ、でしたら、河童の軟膏でも」
「……気持ちだけ受け取っておくよ」
謙遜する霖之助の気持ちを汲んで、にとりは彼の喉に軟膏をぺとぺと塗りたくった。
ついでに瑞々しいキュウリを彼の口に突っ込もうとしたが、非常に激しく抵抗されたので自分で食べた。
こりこりする。
「時に、君は河童ということだが」
「もきゅ」
べとべとする喉を気にしながら、霖之助は話題を転じる。
にとりはキュウリに夢中だった。
「河童が人間の前に現れるというのは、珍しいことなんじゃないか」
「ばりばりぼりばり」
「……食べ終わってからでいいから」
「むぎゅ」
頷く。
やめられなかったし、とめられもしなかった。
かっぱえびせん。
「……ん、ぎゅ……っ、あぁ、おいしかったあ……」
「それはよかった」
感嘆の息を漏らすにとり。
「じゃあ、二本目いきますね」
「待った」
霖之助は止めた。
「あ、やっぱり食べたいんじゃ」
「ないよ、食べないよ」
否定すると、えー、またまたー、みたいな顔をされる。
霖之助はむすっとした。
「とにかく」
「おいしいよ?」
「それはもういい」
「おいしいのに……」
しゅんとするにとりを他所に、霖之助は問いたいことを単刀直入に問う。
「そんな河童が、人里に近いところに現れたというのは、何か由々しき事態が訪れていやしないかと思っ」
「暇だったから」
「……暇だったのか」
にとりは頷いた。
「それに旦那も暇そうだったから、ちょうどいいんじゃないかと」
「仕事はしてるよ。これでも」
「またまたー」
「話を聞くように」
窘める。が、それで動じるにとりならば霖之助もこれほど手を焼かない。
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