2026-08-18 19:10:57 |
|
通報 |
( 台風が接近するという報せはネットニュースで目を通したものの今日中に乗る新幹線が運休になるとは聞いてない、そんな駅からの帰り道。耳に当てたスマホからは上司が文句を垂れ流した挙句に若い頃の武勇伝を語り始めたところで道中の雨足が強まってきて ) 申し訳ございません、出先のお客様への対応に迫られていまして。…はい、…はい!それではすいません失礼致しますー、……ッ( 衣服が濡れてこれ以上不快な思いを増やすのは勘弁だとばかり、丁度雨を凌げそうなシャッターの閉じた寂れた建物の軒先へ駆け足で身体を滑り込ませて )
あっはっは、急に降ってきましたね。これじゃあ暫くは雨宿りだ。
( 雨の気配と共に、遠雷が聞こえた。腰をやった父の使いで湿布等の入ったビニール袋を片手に、帰り道を辿る和装の男が空を仰ぐ。薄墨を溶かしたような雲が幾重にも重なる様子を眺めていれば、大量の雨粒は次第に豪雨へ形を変えて。慌てて入った傍らの、寂れた軒先のシャッターに身を寄せる。何度撫で付けても跳ね癖の付いた髪に溜息を落とした瞬間、慌ただしく軒先に駆け込む男性にレンズ越しの瞳は丸くなり。───この人。生唾を嚥下し気にされてない隙に盗み見る。眼鏡を外さずとも憑かれているのだろう、淀んだ空気を感じ取ったが早く人の良さそうな素振りで声を掛け )
( 濡れたスーツの上着を早々に剥がすように脱ぎながら先客が居たことに遅れて気付いたように一つ瞬き。場所も広くは無いので半歩分空間を開けた隣に居直ると横目に相手を見遣り、 )最近の天気は変わりやすい。仕事に差し支えて困りますね、──…其方は買い物帰りか何かで?( 短髪の隙間に溜まる雨の粒を相手の位置とは逆方向に払いながら尋ねて。よくあるような光景の中で一つ違いがあるとすれば、相手には黒い靄が己の肩から胸に掛けて円状に漂い、女性とも子供ともつかない不気味な笑い声を発しているのが分かるだろう。霊障の類として上げられるそれに此方は気付く様子もなく社畜として身に付いてしまった柔らかな愛想笑いを携えていて )
そうです、買い物の帰りで降られて。この時期の雨は滅入りますよね。……ところで、最近身体が重かったりしません?
( 篠突く雨から視線を滑らせ、和やかな笑みを湛える中に何処か草臥れた雰囲気を察知し。ざらつく心地が確信に変わるのは一瞬。物心がついた頃合いから視え祓えると言えども、待ち行く人々に施す慈善ボランティア的精神論を踏襲する義理なんて己には実際無いのだ。…無いのに。隣で雨を凌ぐ彼を引き止めたのは反射に良く似ている。雷に打たれたような直感に従うまま、器用に誘導し先ずは状態を詮索しようと口唇は空気を食んで。再度言葉を選びながら、コンクリートの地面に跳ね返る雨粒が裾に汚れを残すのも厭わず、僅かに距離を詰めては近付き含みを持たせた発言を放つ瞳は応えを待つ面持ちは真剣さが滲み )
湿気も相俟ってどうにも鬱陶しいですよね。…ああ、…うん?どうかな、…最近と言わずいつでも身体は重い感じなので。…申し訳ないが見た目から想像できないんだけどつまりそれって、…ご職業は整体師さんとか?( 初対面にしては良い滑り出しで話せてるんじゃ無いだろうかと綻んだ瞬間に挟まる質問に一瞬微笑のまま動作がひたりと固まった。確かに此処最近上司と後輩の会話の行き違いを取り持ったり遅れた仕事を取り戻す残業など諸々あった昨今の出来事が頭を巡る。きっと疲れからくるものだと信じてやまない男は和装の相手から想像できないがもしや…!と確信めいた調子で一本指を立てて嬉しそうに聞いてみるなどして )
整体師かあ、職を失ったら転職しても良いなあ。ちょっと試してみます?疲れ飛ぶと思うんですよ。
( 湧き水が如く饒舌な応酬をニコニコ人好きのする笑みで明言を控えるべく半ば聞き流す。察するに営業職にでも就いているのだろうか、普段から静寂が蔓延る寺院に住まう己としては情報量の多さで溺れそうだ。眼前に立てられた食指に大きく瞬いたと思えば、口端は仄かに上げたまま手首の力を抜いて宙でぷらぷら揺らして。胡散臭い天パ男は呑気な佇まいを崩さずして、彼──もといその体躯に絡まる異質───を確りとレンズ越しに眼に捉えて。祖父からの隔世遺伝の力を偶然貰い受けて三十路も近く、多数は背中を叩く事で除霊ができるのだ。いつぞやか祖父の除霊法は雷を落とされたようだと寺院を訪ねた客人が微苦笑で語ったのは古い記憶で。痛みに過敏じゃない事を頭の片隅で願いつつ、不調の改善を何気なく申し出てみれば彼の動向を伺い見て )
( どうやら当てが外れたらしいことを脳裏で察すること数秒、少し空気を間違えたのだろうかと勘繰る男は一度口を真一文字に結んで口角を上げる得意の誤魔化し笑いに転ずる。初対面で流石に喋り過ぎたであろうことは後で反省するとして返答に頷くと整体師では無いにしても近い職業なのだろうか、と思い直し口を開こうと、 )────…、ぜ、hひ…。 …いやごめんなさい。…背中は今なんか、…急に寒く、…?( 快諾の言葉を唱える前に黒い怪奇はより濃厚に姿を表し始める。大人の手腕と子供の手腕を象った二対がギチリと自らをさながら目の前の相手から遠ざからせる様に後退させる。一連の動作を当人は視ることも叶わないが突如襲いくる冷気めいたものは肌を這う様に伝わってきて。一寸不快そうに顔を顰めるも束の間のものに済ませ、相手には『お気になさらず』とばかりに緩慢に下がり眉で笑って見せて )
…お加減どうですか。
( 混凝土の地面を打ち付ける雨が激しくとも、寒さは感じぬ箇所に小さな舌打ちが口内で弾ける。眼前の男性は長らく『これ』を背負っていたらしい。墨を垂らした黒が彼の細い体躯を締め付け始める様子に、一刻も早く対象せねばならないと袖を抑え。気の抜けた笑みから一変する面差しは真剣そのもの。自慢の大きな掌を彼の背を添えたと思えばパン、と叩き。大凡濡れたスーツを叩いた音ではない破裂音と共に黒い影は塵屑のように宙に解けて空気に流れ消え。偶然の産物だろうが雨足が弱まり眼鏡の奥の瞳が弛む。祓えるモノは全て取り除き、背中の重みを取り除けたか柔い雰囲気を湛えつつ短に問うて )
…ッ、!?何、……いや本当に、…え。
( 一軒家の軒先ゆえに距離を詰めるのは屹度容易いのだが目前の成人男性が眼前に迫ってきたと思えば背を叩かれることに驚きのあまり一寸声にならず。遅れて異議を申し立てる言葉を連ねようとしたが、上回る衝撃は身体に明らかな変化が起きたこと。執着めいた絡まる黒い影はまるで嘘のように消え去り、己が身に降りかかる不快感は涼しげな追い風に払われたような心地さえした。何なら肩やら首やらの凝りが大分軽くなったので唖然とした顔をして相手の方をまじまじと見遣る、──先刻見た人を安堵させる雰囲気のある面構えは今や神々しさすらある。など、考える己に呆れる様に自嘲気味に口元に角の無い逆三角形を模ると少しずつ晴れ間へと変わりそうな空を指差し、一つの提案を試みて )
…あの、マジでナンパとかではない前提なんですけど。…諸々の不調が消えたのは君のお陰、…だと思うし折角天気も良くなってきたので。…この後茶の一つでも奢らせてもらっても?
( 季節は秋に差し掛かる頃合い、漸く涼しさ──を通り過ぎて寒々とした雨がパラパラと降るのをコンビニに寄って買った大きめのビニール傘の下で見上げる。気取られないように一緒の傘の下に居る彼の肩を守れるような角度に手元の傾きを変えながら気を逸らすように声音を発し )…絶対にこんな降るわけないと思ってたんだけどな。…暗くなってきたし家まで送るよ
( 鼻先や頬を撫でる雨風が冷たく、温もりを求めてか無意図に隣人へ身を寄せ。折に触れて彼の肩が雨に濡れている様子に気付き、根源に優しさが見え隠れしていると勘づいたが早く )そんじゃお言葉に甘えて~。…巡くんさあ、折角割り勘したんだからそんな濡れなくて良いのに( 申し出こそ呑気に乗るが、手を添えて傘の傾きを正しながらも不器用な気遣いを覗かせて )
( 所作を見るに天候由来の動作なのだろうがそれでも眺める視線は自然と和らぎ。傘の外側に位置した己の肩が濡れてるのは気付いていたがまさか彼にまでそんな早く気づかれるとは想定外で、傾きを変える彼の掌を避けるように傘を持つ手をグッと真上に伸ばしてから再び似た様な角度に戻し )──…や、まあ歩くんの言いたいことはわかるんだけど。…僕はこうしたい、…風邪ひいてほしくないし( 拒否ではなく自分がこうしたいと言うのを何とか伝えたく、語気を弱めながら眉を下げては彼の方を窺う様に見て )
( 自分の肩を濡らせど心を配る彼の、このパターンは押し引きしても揺るがないと前々から知っている。掌から逃げて再び傾く傘を見送って、諦めがついた振りを装い次点で正直な胸中を曝け出し )それで巡くんが濡れて風邪引くの、おれは嫌なんだけど。…ほら、こうすれば良くね?( 腕さえ振り払われ無ければ半ば強引に腕を組む事になるだろう。如何せん己のパーソナルスペースは彼限定で無に等しく )
( 理解を得られた雰囲気を察知して微笑を綻ばせようとしたのも一瞬のこと、彼と触れ合う方の肩がグッと下がる感覚に短く何度か瞬いて )うわ、わ。…風邪ひかないよ、これでも結構頑丈なんだから。…効率は良いと思うんだけど、…その。君はいいの?( 距離感が縮まることに嫌な素振りは一切なく、少し煩くなった心臓の音に複雑そうに眉を寄せつつもそっと彼に改めて視線を投げかけて。見られて困るなどは無いだろうか、と懸念が胸中渦巻くも直ぐには言葉に纏まらず端的に尋ねる様になって )
なーんも気にしなくていいって。おれ達、疚しい事してないでしょ( 伝播する温もりに浸っていた為に鼓膜を響かせたのは話半分。戸惑いを包容する面差しを間近で見詰め、──瞬間的に距離が縮んだ琥珀色の瞳に密かに見惚れつつも──サムズアップで普段通りに呑気に応じ )…おれは巡くんだから良いんだけど?( 個人的に頭を悩ませる程の事では無いが故、彼を後押しする発言と共に双眸を弓形に細めては顔を覗き込み )
そう言うんじゃなくて、…何でこう君が言うと大丈夫そうに聞こえるんだろ…( 周囲に噂される云々の懸念より彼の発する大丈夫が上回ったのかそれ以上の言及はせず終えるものの、漂う絶対的な安心感の正体が分からずぼやき。遅れて見遣る頃には通常良く見るのんびりとした顔の彼につられて己も口元が笑みを作り出し )…じゃあもう離せないじゃんこれ。…、帰りますわよ( 肩を組む方の腕を僅かに揺らすもそれを合図に雨の街に繰り出そうと視線を景色にスライドさせながら彼へと示唆して。微笑む友人の笑みが眩しいような気がして動揺が口調に混じってしまった己は一旦強がりで無視することにした )
( 彼の言わんとする事は漠然と理解しているが、己としては微塵も懸念とせず。寧ろ隣を歩む彼のいい虫除けになるなら意外と悪くない、とさえ思い巡らせるもので。次第に崩れた彼の面持ちに満足気に頷き。それを倣ってはわざとらしいお嬢様言葉遣いでノリ良く唱え )そろそろお城に帰る頃合いですわよ、魔法が溶けてしまいますもの( 足取り軽く、多少水を被ったスニーカーすら気に留めない。魔法。雨のベールが視界を邪魔して傘の下、心地好さと軽い動悸は何処ぞの姫君にも負けず劣らない筈だろう )
もしや弄られてる?シンデレラと何かが混じってるな、…ねえ歩くん。魔法は有限な方が魅力的じゃない?( 闇色に濡れたアスファルトも足取り軽い彼の動作に赤絨毯にでも間違えそうな、──そう思える程に引けを取らない愛おしい日常だと穏やかに帰路へと歩み始めながら思うなど。胸中とは比例せず位置が気になった自らのリュックを背を少し揺らして直しながら淡々とツッコミ入れて、ふと頭に浮かんだ興味関心のままを口に出してみて )
( 彼からの疑問は聴こえない振りを貫いたと思えば、続く手馴れたツッコミは看過できずに終ぞ相好を崩し。問い掛けの本質は測り兼ねるままに同意の旨を唱えるべく口唇薄ら開き )おれも右に同じく。有限の方が価値があんじゃねえかな( 雨音と鼻唄が入り混じり上機嫌を顕にするも、発言後何拍か置いて彼に言うでもなくぽつりと独り言ちて )…おれ達もそうなんかな
( 堪えきれず軽やかに笑う様にコイツ…!とでも言いたげに眉を顰めるもそこまで物申したいわけでもなくそれも直ぐ緩んで口端に何の気無しに微笑作り。質問に関しては相槌の如くフンフンと短く頷いてから、 )…そっ、…れとこれとは全然違う。絶対に。…だって僕は無限に一緒に居たい、し…( 耳心地良い鼻唄の後に加えられた言葉に一刻も早くノーを答えるために最初の一音がやや大きくなってしまったのを諌めるように一呼吸置いて答え。思いつく限りを口にするものの恥ずかしいことを言ってそうな可能性を自身に見出すと居た堪れず徐々に雨の景色の方に油分の不足したロボットが如く顔を背けて )
| トピック検索 |