龍神 2023-08-20 23:05:18 |
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(正直に話すのなら少しだけ衝撃で心臓が震えた思いになる。指を折り数えられる程の少なさだけれど、己にはいつだって角砂糖をたっぷり落とした紅茶のように甘く優しいお父さまが、御本で読む悪魔のようにいっそ美しいほど恐ろしく辺り一面を圧倒する姿があったのに。今こうして目の前にいるお父さまはその時の比ではなく、もっとずっと荒れている。それなのに、今まで見たことの無いお父さまに嬉しさとも幸福感とも言い表せぬ満ちる感情で胸が埋まり、凍り付いたこの場に限りなく不似合いにとろんと双眸を蕩けさせた微笑みを蓄えて。──お兄さまと呼ばなくていい、お父さまはそう仰る。僕は朝霧だとお兄さまはそう名乗る。それなら私はどう動くのが正解だろう。うん、と選択肢が決まればテーブルの下で人差し指の背をカリッと引っ掛けて本当に些細な小さなかすり傷を拵えて、関節の当たりがほんのりと赤くなり目を凝らせばじんわりと少しだけ血が滲む指をお父さまへ見せて「お父さま、お父さま。あたし指を切っちゃったみたい。ばんそこが欲しいの」目の前で起きた信じられない事に敢えて重ねた嘘の傷、それを差し出しながら耳を疑った。決して知るはずのない注文を行うお兄さまに駄目だと言う忠告を塗り替えそうになる好奇心が顔を出して。どうして?なんで?とその好奇心に導かれて顔が上がり、見た目年齢に良く似合う親しみをくれる人好きのする穏やかな笑みを瞳に映して)
あたし、聞いたことも言ったこともないわ。お父さまのお知り合いのことも、食べたいものも。
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