預言者 2022-09-28 18:29:55 |
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>174 千草
(身を寄せた先の他者の温もりに知らず息を吐き、肩へと触れる温かな手に思わず表情が緩む。白いうさぎをぎゅうと抱き締めて口元を埋めれば、夜の気配はほんの少しだけ遠くへ。星の瞬く夜空を見上げながら耳を傾けた彼の言葉は、まるで過去を拾い上げている最中のよう。時折挟まれる静寂は決して不快なものではなく、ただ語られる言葉に思いを馳せるだけの時間が過ぎて。「どこにも行けなくても、どこへだって行けるのが――本の、いいところだわ」彼の記憶の中の誰か。その人がどんな思いで頁を捲っていたのかは分からないけれど、その枕詞はきっと、終わってしまった時間の証だから。益体もない疑問の代わりに口を衝いたのは、何百何千と使い古されたような言葉で。静かな呼気は空に溶けて、視線は夜に染まった地面へと。――そういえば、最後に本を開いたのはいったいいつだっただろうか。活気に溢れた街も、青い海も、神様のいらない世界も、もう書物か記憶の中にしか存在しないと言うのに、常に厄災に見舞われる世界では歴史も叡智も散逸する一方。なんだかそれはとても悲しいことのような気がして、思わず瞼を伏せれば、その呟きは寂寥たる響きを持ち)
今となっては、きっと本の中の方が現実よりもずぅっと広いのに――その本も、随分と数を減らしてしまっているのよね。
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