匿名さん 2022-08-21 15:03:38 |
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(陣の消えた机面から摘み上げた暗色の指輪は、どうやら今し方説明された目的それのみのために作られているらしい。特別な意匠も加工も見受けられない魔除けが如何なる鉱物から成立しているかなどは皆目見当もつかないが、それが摩訶不思議な魔術ではなく主人の懐から出現したことの方が自身にとっては意味を持つ事柄で。彼の携帯品をそのまま譲り受けた可能性を思えば尾を引いていた眠気も一息に吹き飛び、さして重量のない装身具が重さを増したようにさえ感じられる。しかしその場で左の中指に通してみると元からそこにあったかのようにぴたりと収まり、疑問は疑問のまま闇の中へと消え行くこととなって。険のない口調を催眠の顕れと取っては、初めて身に付ける足枷以外の装身具をもう一度ちらりと確認してから、可及的速やかにマグカップの中身を空にすべく少し温くなったミルクに口を付ける。最中、意識の間隙を突くようにあの悪夢の最初の情景が目に浮かぶと徐々に嚥下の音を鳴らすペースが落ち始めるも、それは最早自身を動揺させるものではなく。少女はツィツィーという名で自身と同年齢であったこと、彼女はあの時〝ミシェル〟の名が天使に由来することを知って腹を立てていたこと、数日口をきいてもらえない事態になったものの暫く経つと彼女は何事も無かったかのようにけろりとしていたこと。やがて優しい甘味を全て飲み干す頃には余計な無意識に汚染されていない実在の記憶を取り戻し、胃袋へと移し替えた人肌程の温かさが相好からも精神の揺らぎを取り払っていて。空の器を机上に置くやすぐに立ち上がり、未だ真意の掴めない相手に対して態度を決めかねた末、下手なことを口にするべきではないとの防衛本能が働けばいつかのツィツィーの如く何事も無かったかのように無味乾燥な礼を述べる。それから指輪をした左手を大事そうに右手で握り込むと、就寝の挨拶を残して扉へと足を向けて)
今日は、ありがとうございました。……おやすみなさい。
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