匿名さん 2022-08-21 15:03:38 |
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(対面にある白魚のような手が机上の黒に触れてから、何事も起こらぬまま暫しの沈黙が落ちる。己の魔術に失敗など到底起こり得ぬ事象である以上、起動の条件が未だ満たされていないとしか考えられず。仮にこのまま発動しなければ、まるで迷い子のような顔をする少年への術をそう多く持たない自分はかなり窮する事態となってしまうが、果たして机上の陣はようやく淡い金の光を放ち始めて。みるみる内に格段と光量を増すそれは、瞬く間に触れた指先から彼の体内へと仄かな熱を伴って侵入し、生じた意識の間隙にするりと巧妙に入り込む事だろう。わざわざ陣を介したが故に此方から感知こそ出来ないものの、彼が真に静やかな朝の新緑を願ったのであれば想像通りの、否、それを遥か超えて元の記憶すら補完した完全な情景が相手の目前へと再現されている筈で。――森林の鮮やかな木々はその枝を空へと高く伸ばし、分かれた先で若々しい青葉が降りた朝露に美しく煌めく。心地よく頬を撫でる淡い緑のそよ風に乗り、可憐な小鳥が長閑な歌を囀りながらそっと肩口へ止まるような、もはや些細な不可解や疑問の念を抱くことすら躊躇われるほど、主を理想の安楽へと誘う"夢"。悪夢を見たのであればより快い夢で上塗りすれば、というのは如何にも安直な発想ではあるが、魔術を用いた医療行為として時折用いられる手法でもある。意識がなくとも姿勢自体は陣に触れた着座時のまま、瞼に覆われた瞳が再びその色を見せるまで、当人の体感はともかくとして現実世界では約五分程度といった所か。金属製の土台に保持の術式が刻まれたキャンドルはほぼ永続的にその背丈を変えることはないが、直に開かれるだろうその眼の先には夕刻同様に暖かな白の飲料に満ちた木製のマグカップと、仏頂面で頬杖を着く己の姿がある筈で。口を開けばすぐさま厄介者を無下に追い立てんとする一方、苦く思案するように瞳を泳がせて外向けの硬い口調を僅かなり崩すのは、未だ起床時特有の緩慢な思考を引き摺るが故だろうか)
……少しは安らいだか? 暖かなものでも飲んだら、とっとと寝室に戻るんだな。……、まぁ、お前が恥知らずにもどうしてもと俺に頼むなら、もう少し付き合ってやってもいいけど……。
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