匿名さん 2022-08-21 15:03:38 |
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そういうわけには――、
(本来なら奴隷が主人に意見するなどあってはならないこと。しかし、気が咎めるあまり殆ど反射的に口に出した抗議は、沈痛な面持ちを目にすれば以降続けられることはなく。数瞬遅れて無用な憂慮で主人の気分を害してしまった可能性に思い至るも、直情的な彼にそれを示唆するような振る舞いは見当たらず。苛立った様子こそあれ、それは単に慣れない看病に苦戦しているだけのように見受けられる。慣れないが故の危ぶみなのか、壊れ物を扱うかのように繊細に周到に額に滲んだ汗が拭き取られ、その間に邪魔にならないようにと瞼を閉じながら考えたのは今日の彼の寝床のこと。自分が寝台を独占していては身を休める場所に不自由するのではないかという憂惧が、発散されずに籠った熱と共に頭の中を満たし。そこへ突如ひやりとした空気が頬に触れると、薄らと目を開く。最初に視界に映ったものが主人の長い指先であったため、そこから直接冷気が発せられているものと誤認するも、よく見れば枕元に置かれた物体が周囲の温度を奪っているらしい。腫れたような感覚のあった頬から熱が引いて行き、身体の辛さが和らいで、気の抜けた息を小さく吐く。同時にこれまで目の当たりにした奇跡のような主人の魔術を思えば、彼に不可能な事など存在しないように思え。たとえそれが無知が故の妄信であったとしても、今一時の心配の種を取り除くには充分に過ぎ。寝床程度の問題はどうとでもなるだろうと無責任に自己完結してしまえば、自身の顔に影を落としている眼前の顔を見遣る。いつになく近い距離から見上げたそれは普段より表情がよく窺えるようで、吊り上がった瞳の中には知らない色が見て取れる。知らない筈のそれに再度の既視感を覚えたことに人知れず惑いつつ、問い掛けに対しては検証するだけの間を置いてから正直に答え)
……はい。丁度いい……です。
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