匿名さん 2022-08-21 15:03:38 |
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…………え。
(何かが乱雑に落下する音で、さして遠くもない過去から現在へと意識が引き戻される。見れば机の上には退屈凌ぎの描画に使用するには上等な羊皮紙と、一目見た限りでは何処にも欠損のない筆記用具、そして多分に中身の残った塗料が十数種類広げられており。気軽な所作で放たれる魔術にも気紛れな施しにもそれなりに慣れたつもりで居たが、降って湧いた到底廃棄予定とは思えぬ状態の良い品々には素直に目を丸くし、浅い吐息のような声を漏らす。ノブレス・オブリージュの精神か、はたまた以前聞かされた彼の信念のためか。身の丈に合わない待遇に対し、黙って主人の意向に従うべきと無分別に受容する頭とは裏腹に然るべき理由を求めて芽吹きかける疑心の萌芽を、胸元に突き立てられた三箇条を唱えながら丁寧に摘み取ってゆく。奴隷の身分を忘れろという言い付けを奴隷精神に基づいて遵守すれば、机上の一式は有り難く受け取ることに決め、感触を、というより存在を確かめるように手近な塗料を一つ手に取る。何の気なしに数度裏返しながらその色に見入れば、鮮やかな青にウンディーネを連想してふらふらと宙に視線を彷徨わせるも、神出鬼没な水精霊は何処かに姿を隠してしまっているらしく淡い光源は見つけられず。塗料を羊皮紙の傍に戻し、再び食事を再開しようかとナイフとフォークを握った折、ほんの数秒間の食事を終えた主人の口から成果を気に掛けるような問いが発せられれば、喉奥がきゅっと絞られると同時に短く息を詰まらせ。握ったばかりのカトラリーから手を離し、両膝の上に拳の形で揃え置くと、元より覇気の無い顔をもう一回り消沈させて自身の失態を正直に告白して)
……はい。……ただ、朝露の量が、足りていないかもしれません。
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