匿名さん 2022-08-21 15:03:38 |
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(食事を前に一向に伸びない手を見咎められると、放任主義に見える主人の注意がそのような些事にまで及んでいることへの微かな驚きを滲ませつつ、「はい」と簡素な従服の返事をして机上のナイフとフォークを拾い上げる。できるだけ音を立てぬようパンの端を切り離すと、一口大のそれを機械的に口に運び、やさしい甘味に混じってじわりと広がる苦味に顔を顰めることもなく黙々と咀嚼して。一切れ目を飲み下すと、自動人形の如く滑らかな動作で次の一口の為に欠けた四角形にナイフを突き立てる。その間にも意識を向けていた主人の話はどうやら自身の予測とは異なる方向に転がり出したようで、新たな仕事の指示を待ち構えていたところに意外な話題が持ち上がれば「……趣味」とまるで今初めて聞いた言葉であるかのように顔を上げて反復し。当然思い浮かぶものなど一つも無く、まして今でも件の魔鏡の行方を探り続けるほど魔術に情熱を傾ける相手に曖昧な答を返すわけにもいかない。「奴隷商に売られるまでは孤児院にいました。……そこで、」と一先ずは答えられる問いにだけ答えて言葉を切ると、無為に時間を浪費していたためか想起するにもあやふやな記憶をたどる。初めは何をしているともつかない場面ばかり脳裏に浮かんでくるものの、じきに淡雪が解けるように忘れていた記憶が蘇ると、もはや遠い過去のように思える昔日の情景を見つめながらぽつりぽつりと語り出して)
……遊びに誘われたら一緒に遊んで……たまに本を読んで、それから……絵を、描いていました。
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